とある酒樽の奪還作戦リコール・トラブル

 
 
「ミリィさん。頭がたこうございますわ」
 前でふく前進するフェイミンさんが、振り返って注意してきた。
 あたしたちは今、雲の上で作戦活動中だ。それがどんなものかというと、酒樽の奪還作戦。詳しい事情は知らないけど、あたしとフェイミンさんに、一度払い下げた酒樽を回収するように依頼が来たんだよね。それも酒樽を払い下げた気象室資材部ではなく、イツミさんから直々じきじきに……。
「なんでこっそり回収するのかな? 事情を話せばいいのに……」
 フェイミンさんに追いついて、あたしは雲の陰から様子を見た。
「あたしとフェイミンさんが、近衛精霊の修行経験があるからかな?」
「わたくしとミリィさんでしたら、間違っても飲まないからでございましょう」
 あたしの疑問に、フェイミンさんがそんな推論を答えてくれる。
 たしかに飲むなと言われて飲まないのは、あたしとフェイミンさんぐらいか……。
『おおっ! これが一〇〇年物のワインか。いいモンを手に入れたじゃねーか』
 あたしたちの向かう先には、すでに大勢の精霊たちが集まっていた。払い下げられたお酒を飲もうと、集まってきた精霊たちだ。
『いいでしょぉ。たくさんあるのよぉ』
 集まりの中心にいるのは、仕事であたしとコンビを組んでいるユメミだ。ユメミは積まれた酒樽に座って、集まってくる精霊たちを見ている。酒樽はピラミッド状に三段に積まれているから、あれだけで一四樽もあるのね。周りにもいくつもの樽が置かれてるから、全部で二〇樽を下らないのか。
 その下で酒樽に腕を乗せてるのは、カリスマ性のある大精霊キャサリンさんだ。
「一〇〇年物?」
「資材部が備蓄品の入れ替えで、古いワインを放出したという話でございます。お酒の好きな方たちには、大変なビンテージ品でございましょう」
 頭に雲の毛布をまとって身を隠しながら、あたしたちは樽へ近づいていった。
『ユメミ。コズエたちも呼んでやっていいか?』
『いいよぉ。多い方が楽しいものねぇ』
 酒樽に片腕を乗せるキャサリンさんが、通信端末で飲み仲間を集めている。
 キャサリンさんが立ったまま肘を乗せられるほど大きな樽だ。更に一〇〇人や二〇〇人増えても余裕だろうなぁ。
『待つのも芸がねぇなぁ。ちょっくら迎えにいってやるか』
 通信を終えたキャサリンさんが急に飛び立っていった。キャサリンさん、意外と面倒見がいいものね。
「ミリィさん。回収用の簡易亜空間倉庫をお渡ししますわ」
 こっそりと酒樽に近づくフェイミンさんが、思い出したように小さな道具を渡してきた。見た目はゆびになってる小さな道具だ。あたしは回収したあと、どうやって本部まで持ち帰るかなんて考えてなかったわ。
「そこに酒樽を放り込みましたら、一気に離脱を……」
「離脱して、何をするつもりだ?」
 あたしが受け取る前に、横から出てきた手が回収用の道具を奪っていく。
「キャサリンさん?」
「不審者、し捕ったりっ!」
 道具をつかんだのはキャサリンさんだった。そのキャサリンさんがくうから出してきた縄であたしたちをからめ捕ってくれる。やられた。接近に気づかれてたんだ……。
 
「酒樽の回収ぅ〜? ダメよぉ、そんなのぉ〜」
 捕まったあたしとフェイミンさんは、みんなの集まる酒樽の前へ連れ出されていた。さらし者状態だ。そこへ続々と下級精霊たちが集まってきている。
「おーい。こいつらには構うな。あたいらだけで飲もうぜ」
 捕まった状態で事情を説明したけど、思った通り耳を貸してくれなかった。それどころか見せつけるように樽を開けて、みんなにお酒を配っている。それも大きなジョッキで……。
「ミリィには罰だ。それであたいらが美味おいしく飲んでるのを見ていろ」
 ひときわ大きなジョッキを持つキャサリンさんが、意地悪な表情でそんなことを言ってくれた。その横に立つユメミは、もっと大きなジョッキにワインを注いでいる。
「さぁ、みんなぁ。お酒は渡ったかなぁ〜?」
 ジョッキを高く揚げて、ミリィが集まった精霊たちに呼びかけた。それにみんなから思い思いの声が返ってくる。
「それじゃぁ、年代物のワインを飲む会、始めるわよぉ。かんぱぁ〜い!」
『かんぱーいっ!』
 ユメミのおんを合図に、みんなが元気よく乾杯してジョッキをあおった。
 直後、雲の上では大変な事件が発生する。
 
 
『ビンでも六〇年が限界なのに、樽詰めのまま一〇〇年も忘れられてたワインだものねぇ』
 事件のあった現場から、あたしは本部にいるイツミさんに通信を入れていた。
『説明しても一〇〇年物のワインでしょ。ビンテージに目がくらんだ精霊たちがなおに返してくれるとは思えないものねぇ。だから被害者が出る前に、こっそり回収したかったんだけど……』
 空中に浮かんだ通信画面の中で、イツミさんがあきれた顔をしている。
 惨劇さんげきのあった雲の上では大勢の精霊たちが倒れ、すえた臭いをぷんぷんとただよわせている。これは酢になったワインのものか、それとも……。
 そんな精霊たちのまき散らした汚物が地上へ落ちてないか。他人ひとごとながら心配になってきた。