悪夢の禁酒きんしゅ法時代

 
 
 ユメミは悩んでいた。
「禁酒法ぉ。じょーだんじゃないわぁ……」
 時をさかのぼること数日、最高精霊議会で禁酒法が可決された。
 だが、精霊にとってお酒は食事と同じ。このままでは断食だんじき法である。
 そこでお酒の代替だいたいエネルギーの開発が急務となった。法律のこうを前に、精霊世界では薬学研究で有名なユメミにも、お酒に代わってエネルギーだけを補給できる薬の開発依頼が舞い込んだのである。
 そこで開発のために気象精霊の仕事はお休み。そのついでに仕事の相棒であるミリィは、
「ユメミ。方針は考えてあるの?」
 手に大きなハリセンを持って、ユメミの監視任務にあたっていた。
「なんであたしがぁ、そんなものを開発しなくちゃならないのよぉ。イヤガラセだわぁ」
 お酒好きのユメミには、この開発依頼は悪夢だった。大きな研究机に突っ伏して、不服そうにほおふくらませている。そんなユメミを見るミリィが、
「ホントだよね。わざわざユメミに依頼しなくても、濃縮してサプリメントにするだけでいい話なのに……」
 という考えを口にした。
「そんなに簡単なワケぇ、ないじゃないのぉ。のうしゅくできるのはぁ、お酒に含まれてる成分だけだよぉ。肝心のエネルギー源アルコール分まで濃縮できないわぁ」
「水分を飛ばしても、濃度一〇〇パーセントじゃ禁酒法違反だもんねぇ〜」
「水分が飛ぶ前にぃ、アルコールが飛んじゃうけどねぇ」
 ユメミが机に突っ伏したまま、ぶつぶつと問題を並べる。
「ううぅ〜、なんで禁酒なのよぉ〜。精霊のエネルギー源はお酒なのにぃ〜」
 話が元へ戻った。それに、
「そんなの、仕事中に宴会を始める精霊が多いからに決まってるじゃないの」
 と返すミリィは、コップにビンから白い液体を注いでいる。
「それにお酒だけがエネルギー源じゃないしね」
「ミリィ。何を飲んでるのよぉ?」
 顔を横へ向けたユメミが、ムッとした顔で尋ねた。
「ヨーグルトよ。あたしはこれで十分だわ」
「ええぇ〜? そんなの邪道だよぉ!」
 ユメミが机をバンとたたいて立ち上がった。そのユメミが、
「気象精霊はお天気を動かすためにぃ、たくさんのエネルギーが必要なんだよぉ。それをお酒なしでぇ、どーやってまかなうのよぉ。ヨーグルトで台風が動かせるのぉ?」
 と、ぶち切れたように怒りをぶちまけた。だが、
「まあ、上が決めたことだから……」
 ミリィは我関せずという感じでヨーグルトを飲み続けていた。そんなミリィをにらむユメミの顔が、怒りから赤く染まっていく。その時、
「ちわぁ〜っすっ! 政府よりお酒の回収に来ましたぁ」
 と言って、何人もの精霊たちが部屋に入ってきた。
「あ、あんたたちぃ、誰なのぉ? 勝手にあたしのお酒を持ってかないでよぉ!」
 部屋に来た精霊たちは、次々とユメミが隠し持っていたお酒を見つけて運び出していった。それを止めようとするユメミだったが、先頭の男から差し押さえの紙を見せられ、その場で凍りついてしまう。部屋に来たのは禁酒法にともない、回収を任された役人たちだった。
「チーフ。こんなところにも隠してますよ」
 役人たちはユメミがくうに隠し持ったお酒まで見つけていた。マルサこと国税局査察官も驚くほどの手ぎわの良さだ。
「あぁ〜、あたしのお酒ぇ…………」
 あっという間にユメミのお酒がすべて没収されていく。それを見ているしかないユメミはぼうぜんしつの状態だ。
 そんなユメミの横では、ミリィがだまってヨーグルトを飲んでいた。
 
 
 
「──って夢を見たのよぉ」
 夢オチだった。
「ミリィ、この夢ぇ、どんな意味があると思うぅ?」
「ユメミが底抜けのノンベで、お酒切れにこの世が終わるほどの恐怖を感じてる……としか解釈できないわ」
 そう答えたミリィが、あきれた顔で青空を見上げる。
「それよりも、そろそろ仕事を始めましょ。今の状況はどうなってるのかしら?」
「ちょっと待ってぇ。すぐに調べるわねぇ」
 ミリィの求めに応じて、ユメミがテキパキと気象参謀としての仕事を進める。
 今回の任務でのユメミは、妙に仕事熱心になっていた。