夢のお酒星?

 
「ミリィ! 聞いてぇ! この太陽系にねぇ、お酒の星があるらしいのよぉ!」
 突然ユメミが、そんな話を持ってきた。
「お酒の星?」
「そぉよぉ。そこにはお酒でできた海があるらしいのよぉ」
 ユメミが嬉々(きき)とした顔で、そんな(あや)しい話をしてくる。
「聞いたことがないわね。デマじゃないの?」
「今、地球から一四億キロ離れた場所にあるらしいわぁ。そこではお酒の雨が降ってぇ、お酒の川が流れてるらしいのよぉ」
「一四億キロ? けっこう遠いわね。本当かなぁ?」
 どうやらユメミはお酒に目がくらんで、ガセネタをつかんできたらしい。
「それでねぇ、ミリィも行ってみないぃ? あたしは一人でも行くつもりだけどぉ。ミリィに引っ張ってもらえたら早く行けそうだなぁ〜ってぇ……」
「そういうこと……ね」
 一四億キロとなると、あたしが全速で飛んでも体感時間で二時間はかかるわね。飛行(あし)の遅いユメミだと片道一日はかかるから、あたしを誘ったのは当然かもしれない。
「それでぇ、一緒に行ってもらえないかなぁ?」
 ユメミが甘えるような声で言ってきた。
「いいわよ。何かの間違いだとは思うけど、本当にそういう星があるのなら、あたしも興味があるわ」
「やったぁ〜!」
 あたしの答えを聞いて、ユメミが大きく万歳(ばんざい)した。
「それにしてもお酒の星なんて、聞いたことがないわ。小惑星か何か?」
「土星の衛星だそぉよぉ」
「土星の? あ、一四億キロ……」
 一四億キロといえば、土星の公転軌道だ。あのあたりを飛んでいる小惑星は、ほとんどないはず。じゃあ、本当に衛星?
 なんか、引っかかるわね。大きな落とし穴があるような……。
「さぁ、ミリィ。早く行きましょぉ」
 ユメミはお酒の魔力にかかって、何も疑問を感じていないようだ。
 土星の軌道でしょ。そこでお酒の川? なにかおかしいけど……。
「ノーラぁ。これからお酒の星に行くわぁ。一緒に行くぅ?」
 出発しようとした()(ぎわ)、ユメミがノーラを見つけて声をかけた。
「お酒の星? そんなところがありますの?」
 ノーラの反応は当然だよね。あたしもまだ信じてないもの。
「本当なら、うちも見たいですの! 一緒に行きますのね」
 さっそくカメラを用意して、ノーラが同行を決めた。事実関係はともかく、ノーラにとっては最高の取材対象だ。ダメならダメで、おいしい映像が()れるだろう。
「それで、それはどこにありますの?」
 カメラをいじりながら、ノーラが聞いてくる。
「どうも、土星の衛星らしいのよ?」
「土星の衛星……ですの? ……ん?」
 ノーラの動きが一瞬止まった。何かが引っかかったみたいね。
「どうしたの?」
「何でもありませんのね」
 明らかに何かに気づいた表情を浮かべながら、ノーラがあたしたちを追い越した。
「さあ、タイタンに向かいますのね!」
 そう言ったノーラが、先に飛んでいった。
 あれ? あたし、目的地の名前なんて言ったっけ?
 というか、あたしは衛星の名前なんて知らなかったんだけど……。
 
 
 体感時間で二時間後、あたしたちは土星の近くまでやってきた。
 先に向かったノーラが、ひときわ大きな衛星の上で待っている
「もしかして、ここがお酒の星?」
「はいですの。太陽系で最大の衛星タイタンですの。この星ではアルコールの雨が降って、アルコールの海もありますの」
「わぁ! 本当にあったのねぇ」
 ノーラの簡単な解説に、ユメミが歓喜の声を上げた。そしてすぐ、
「それじゃぁ、夢の星に突撃よぉ!」
 地上に向かって急降下していく。
 そのユメミの姿を、ノーラがカメラを持って追いかけていく。
「うう、寒い。さすが土星の衛星ね。太陽から遠いから……」
 あたしも降下しながら、周りの大気を圧縮して身体(からだ)を温めた。
 大気のほとんどは窒素だ。そこに二パーセントほどメタンなどの有機系の物質が占めている。
「地上は大気が厚いわね。おかげで比較的暖かいようには思うけど……」
「ここは一・六気圧ありますの。気温は赤道付近で氷点下一〇〇度ですの」
 ノーラが山の(いただき)に立って撮影していた。その横にあたしも降り立つ。
「あの海はなんだろ? この温度では水じゃないよね。大気にメタンが多いから、それかな?」
 空の色を除くと、まるで地球のような光景が広がっていた。
 このあたりの地形は、ほとんど氷によるものだ。川が白い岩肌の間を通って海に流れ出る光景は、まるで極地方の風景に思える。
「少なくともメタン系の海ではありませんのね」
 海を見ていたあたしに、ノーラがそんなことを言ってきた。
「メタンだとこの温度なら蒸発してますし、メタノールでは(こお)ってしまいますの」
「じゃあ、本当にお酒?」
「雲の主成分がエタノールですので、たぶん海も同じだと思いますのね」
「エタノール。本当にお酒の星なのね。ガセネタだと思ってたわ。ただのアルコールをお酒と呼んでいいかどうかは別だけど……」
「うちは生のアルコールは飲みたくありませんのね」
 ノーラも、おもしろいことを言うわね。たしかに生水と似たようなものだから、生のアルコールという言い方は間違ってないけど……。
「ところでユメミは?」
 タイタンに先に降りたユメミは、どこへ行ったのかな?
 少なくともノーラみたいに、山の(いただき)に立つなんてことはないね。ユメミのことだから、海岸に降りて飲みまくってたりして。お酒の星なんて、ユメミにとっては夢の世界だわ。
「あ、いた。やっぱり」
 そのユメミの姿を、山のふもとにある海岸……というか砂浜で見つけた。しかも波打ちぎわで()いつくばって、直接飲んでるみたいね。まったく、お酒のことになると意地(いじ)(きた)くなるわね。
「ユメミ。直接飲むなんて、お(ぎょう)()が悪いわよ」
 さっそくあたしも砂浜へ降りた。そしてユメミに声をかける。
「せめてコップですくって飲むぐらい……。ん?」
 ユメミはお酒を飲んでなかった。うずくまったまま固まっている。
「ユメミ、どうしたの?」
「うううぅ〜。ミリィ、寒い……」
「…………は?」
 そういえばユメミは、寒さに弱かったわね。(こご)えて動けなくなってたんだ。
 結局、この遠出でユメミがタイタンのお酒を飲むことは(かな)わなかった。