お酒の雲を探せ


「う〜ん。どこにもないわねぇ……」
 ユメミがたくさんの解析画面を浮かべて、何かを探している。
「ユメミ。何を探してるの?」
「お酒の雲ぉ〜……」
 あたしの質問に、ユメミが調べものを続けながら答えた。
「お酒の雲? そんなのがあるの?」
「あるらしいよぉ。この世界のどこかにぃ」
 どうやら、誰かからそんな話を聞いたようだ。
「それ、以前話に出た土星の衛星タイタンの雲じゃないの?」
「どぉだろぉ。でも、ここに来る途中、浮き船で一緒になった天文精霊たちが、話してたのよねぇ」
「ここって、地球?」
「さぁ? 話を聞く前に船を出ちゃって見失ったからわからないけど、内惑星ないわくせいを管理する精霊ひとたちだと思うわぁ」
「つまり、確認はできなかったのね」
「だから探すハメになってるのよぉ」
「いや、わざわざ探さなくてもいいと思うけど……」
「何を言ってるのぉ。お酒の雲よぉ。どんな味か、ミリィは気にならないのぉ?」
「気になる以前に、考えもしないわ」
 ユメミのノンベらしいセリフに、あきれて何も言えない。
 今は何の仕事で地上界へ来てるんだったっけ?
「声をかける前に行っちゃうんだもんなぁ。詳しく聞きたかったわぁ」
「それで調べてるのね。で、見つかったの」
「見つからないから気になるのよぉ。それらしい情報も見つからないのよぉ。ウワサでも尻尾しっぽぐらいはつかめるのはずなのにぃ」
「つまり、ウワサにすらなってないガセネタなのね」
 とは言ってみたものの興味を引く話題ね。
 土星の衛星タイタンは、メタノールじゃなくてエタノールの海をたたえた星だった。要するにお酒の海がある星だ。
 宇宙になら、そんな星……というか、そういうお酒の雲があってもおかしくないように思えてくる。
「……そうだ。フローラに聞いてみよう」
 あたしは端末手帳を出して、フローラに通話してみることにした。
 フローラは妖精界の王女で天文精霊だ。ついでに非公式だけど、あたしの従妹いとこなのよね。
 ──プルル、プルル、カチャッ
 呼び出し音が鳴り、相手が応じた効果音が聞こえてくる。と同時に空中に、通話画面が呼び出してきた。
『あら、ミリィお姉さま。お久しぶりです。どうかされましたの? ……こほっ』
 その画面に現れたフローラが、笑顔で応じてくる。
「えっと、少し時間をもらっていいかな? 個人的な興味で、聞きたいことがあって……」
『ミリィお姉さまの個人的な興味……ですか? なにかしら? ……こほっ』
 あたしの質問に、フローラが身を乗り出してきた。
「実はさ、ユメミが浮き船で見かけた天文精霊たちが、『お酒の雲』のことを話してたらしいのよ。それが何なのか気になって……」
『あら、そのことですか? それでしたら、たぶん星間分子雲のことですわ。……こほっ』
 あたしの質問に、フローラがあっさり答えを教えてくれる。
「せいかん……ぶんしうん?」
『宇宙空間をただよう、有機物質の多い星間物質の雲ですわ。その中でも「お酒の雲」は、将来、有機生命体が生まれる恒星系の元となる雲です。……こほっ』
「へぇ〜。宇宙には、そういうものがあるのね」
 なるほど、天文精霊の話題だもんね。宇宙の話だったんだ。
「でも、そういう雲があるのって、宇宙のずっと離れたところだよね?」
『ミリィお姉さま。今、太陽系は、その雲の中にいるのですわ』
「え? 雲の中にいるの?」
『宇宙の雲ですから濃くありませんけど、それでも地球を冷やして、極地に氷河を作っている雲ですわよ。……こほっ』
「地球を冷やして? 太陽光をさえぎるだけの濃さがあるの?」
『イヤですわ。ミリィお姉さま。そんなに濃い星雲の中にいたら、……こほっ、夜空に星が見えないではありませんの。地球に宇宙線を降り注いで、雲を多めに作って冷やしてるのですわ。雷でも湿気の多い中を電気が走ったら、周りに雲ができますでしょう。……こほっ』
「荷電粒子が霧を発生させる原理ね。そういう雲の中にいるのかぁ……」
 そういう話は聞いたことあるなぁ。
「そのお酒の雲は、いつからあるの? 今、話題になってるってことは、最近?」
『いえ、太陽系がその雲に飛び込んだのは、もう五千万年近く前ですわ。今はその中でも濃い場所を通ってますので、周期的に氷河期が起きてますの。……こほっ』
 そんなに昔からあるのか……。
『このお酒の雲の話題は、天文精霊の間で、たびたび話題になりますの。今回はうま成分であるグルタミン酸の濃い部分が見つかりまして、それで「もしかしたら、この分子雲は美味おいしいのではないか」と話題に……』
「ああ……」
 やはり天文精霊にもお酒好きは多いんだね。
「それで、お酒は再現したの?」
『それが……ですね。先ほど太陽系は星雲の中でも濃いところを通っていると言いましたけど、実は一万年少々前にそこにできた泡に飛び込んでますの。……こほっ。おかげで星間物質を集めても数が少なくて、今は再現が……』
「泡の外まで行って、星間物質は集められないのかな?」
『それが、泡の直系が八〇光年以上ありますの。太陽系から近いところでも一〇光年以上ですので、取りに行くのは……こほっ』
「そういうことか。だから直接確かめられないから、定期的に話題になるのね」
『そういうことですわ。察していただき、有り難く思います。……こほっ』
 要するに、話題にはなるけど結論は出ないのね。
「……でぇ、美味おいしいのぉ?」
 ユメミが話に割り込んできた。
『そうおっしゃる方もいますわ。星間物質にはアミノ酸がたっぷりありますので、濃厚な味ではないかとおっしゃる方も……』
「おぉ〜、それは飲んでみたいねぇ」
 たぶんユメミの頭の中では、都合よく解釈されてるんだろうなあ。
 お酒の雲というか、これはもう養老ようろうの雲だ。
「それでぇ、地球はその雲からできてるんだっけぇ?」
『はい。そうなりますわ』
「そぉかぁ……。つまり地球は、お酒から作られてるのねぇ」
 なんで、そういう結論が出てくるの?
 ユメミの発想には、時々ついていけなくなる。
「よぉ〜し。ミリィ、飲もぉ。お酒の惑星にカンパぁ〜イっ!」
 ノンベの思考を理解しようと思っちゃいけない。
「お酒はこの宇宙の創造主よぉ。お酒は神さまの体であり、神さまの恵みなのよぉ」
 変な新興宗教が生まれそうだ。
『ミリィお姉さま。ユメミさまは……?』
「ゴメン。これで通話を切るね。この先はフローラは見ない方がいいわ」
『……あ。──ぷちっ』
 フローラには悪いけど、通信を切らせてもらった。
 ユメミが大きな酒樽を置き、その近くに小ビンを置いた。少し離れたところにビンごとかんにした茶色い酒ビンを置き、その外に青いいっしょうビン。更に外には赤ワインのビンを置いて、おちょこをたくさん並べてる。で、小さい酒樽を出して、更に出した酒樽にはロープをかけて……。
 もしかして、太陽系をお酒で再現してるの? まさか、それがご神体?
 これはもう完全に新興宗教化してるわね。それも、かなり怪しい……。
 そんなユメミに気づいて、精霊たちがポツンポツンと集まってきている。
 このまま怪しい宗教団体にならないことを祈ろう。
 そして、あたしはその場からこっそり逃げていった。