メイベルの怪しい薬

 
 
「メイベル。女王さまが議会に顔を出さないで、ここで何をしてるんだ?」
 ドアを開けて入ってきたナバルが、部屋にいたメイベルに声をかけた。
 部屋にあるたなには、無数の薬ビンが並んでいる。どう錬金実験れんきんじっけんをする魔導研究室だ。メイベルは部屋の真ん中にある机に化学実験に使うような機材を並べていた。アルコールランプの火に小さなにゅうばちのようなものがかけられ、緑色の煙を出している。
「ったく……。女王になってから毎日楽しそうだな」
「だってさ。西アルテースって、研究の設備が充実してるのよ。天国みたいなところだわ」
「あくまでメイベルにとっての……だろ?」
「うん。まあね」
 ナバルの物言いに、メイベルが笑顔で答えてくる。そのメイベルが、
「そうそう。実はフルオリン卿が最近、髪が薄くなったなんて嘆いてたのを聞いてね。毛生けはえ薬が作れないか、薬草を調合して作ってみてたのよ」
 と、ここで何を研究しているのかを答えてきた。
「毛生え薬? そんなものが作れるのか?」
「おお、聖女さまがみずから臣下のためにお薬を開発されるとは……。なんとも有り難い」
 ナバルと一緒に、数人の議員が来ていた。その中の一人が、
「それで、その毛生え薬というのは、完成しそうなのですか?」
 と、瞳を輝かせて聞いてくる。彼の頭も、ちょっと寂しげだ。その議員が振った質問に、
「たぶん、考え方は間違ってないと思うのよ」
 とメイベルが言ってくる。
「まだ動物実験しただけなんだけど、見てよ、この効果!」
『おお〜っ!』
 メイベルが示したものを見て、議員たちが驚きの声を上げた。
 メイベルが使った実験動物は白いハツカネズミだった。そのネズミの頭にふさふさの毛髪が生え、しっかりと真ん中から左右に分けられている。ちなみに色は黒だ。
「聖女さま。実験は成功ですか?」
「うん。見事に成功したわ」
 議員たちに親指を立てて、メイベルが胸を張ってみせる。
「髪が薄くなるのって、毛を作る細胞が歳を取って、髪を伸ばす能力がなくなったせいだと思うのよ。でも、能力がなくなったのに居座るから、髪が生えないと思うのよね」
「うんうん。なるほど……」
 髪の毛の薄い議員がハツカネズミを見ながら、メイベルの話に耳を傾けていた。そのハツカネズミは長い髪がうっとうしいのか、時々髪を掻いている。そのたびに、長い髪がふさぁ〜っと広がっていた。
「そこでね。これが古い細胞を破壊して、若く新しい細胞に取り換えるための薬よ。成功すれば効果は絶大。ほぼ確実に増毛が期待できるわ。成功すれば……」
「おお、それは素晴らしい!」
「でしたら、わたくしめに最初の被験者の栄誉をお与えください!」
 メイベルの発言に、議員たちが手を叩いて称賛している、中でも強く手を叩いているのは、髪の毛の薄い議員だ。
 だが、議員たちとは対照的に、ナバルは冷ややかな目で見ている。
「メイベル。どうして『成功すれば』なんて、二回も言ったんだ?」
 ナバルが気にしたのは、その部分だった。その質問に、メイベルがそうっと視線をはずす。
「大切なことだから二回言ったの……」
 そう言ったメイベルの視線の先にも、ハツカネズミを入れるカゴがあった。そこには、
「ああ、ここのネズミ。みんな頭がハゲてるじゃないか!」
 頭がツルツルになったハツカネズミが何匹も入れられている。
「今のところ、成功率は五回に二回なのよねぇ〜。だから成功率を上げようと……」
 ナバルの指摘に、メイベルが笑いながら白状してくる。
「いやぁ〜。お薬で毛の生える細胞を壊しちゃうでしょ。だから失敗すると、頭がツルツルになっちゃうのよねぇ〜。それも見事に……。あはは……」
「『あはは』じゃねぇだろ。『あはは』じゃ……」
 笑って誤魔化すメイベルに、ナバルがあきれた声でツッコんだ。
 そんなナバルから視線をそらしたメイベルが、
「それで、被験者の栄誉だけど……」
 と言うが、被験者に名乗り出た議員は必死に頭を振っていた。髪が生えたらうれしいけど、失敗はめんこうむりたいという心境だろう。
「えっと……。じゃあ、ナバルが代わりにやってみる?」
「アホ! なんで、そうなるんだよ」
 ボケたことを言うメイベルの脳天に、ナバルが軽く手刀しゅとうを落とした。それがうれしかったのか、メイベルがもう一回とばかりに頭を向けている。
「それでは、わたしたちは、これにて失礼!」
 そんなバカップルには付き合えないのか。それとも、被験者にされる前に逃げたいのか。
 その間に議員たちは、脱兎だっとのごとく魔導研究室から逃げ出していた。