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    天つ巻(全文)

 

天つ巻〜第1帖 →超訳

二二(富士)は晴れたり日本晴れ、
二二(富士)に()(やしろ)してこの世治めるぞ。
五大州ひっくり返っているのが神には何より気に入らんぞ。
一の大神様まつれ、
二の大神様まつれ、
三の大神様まつれよ、
天の御三体の大神様、地の御三体の大神様まつれよ、
天から神々様 御降りなされるぞ、
地から神々様 御昇りなされるぞ、
天の御神、地の御神、手を取って うれしうれしの御歌うたわれるぞ。
 ゝ◯の国は神の国、神の肉体ぞ、
(けが)してはならんところぞ。

記:1944年8月31日

 

天つ巻〜第2帖 →超訳

これまでの改造は膏薬(こうやく)()りだから、すぐ元に返るのぞ。
今度は今までにない、(ふみ)にも口にも伝えてない改造だから、
臣民(しんみん)界のみでなく神界もひっくるめて改造するのだから、
この方らでないと、そこらにござる守護神様にはわからんのぞ、
九分九厘まではできるなれど、
ここというところで、オジャンになるであろうがな、
富や(きん)を返したばかりでは、今度は役に立たんぞ、
(いくさ)ばかりでないぞ、天災ばかりでないぞ、
上も(つぶ)れるぞ、下も(つぶ)れるぞ、
(つぶ)す役は誰でもできるが、
つくり固めのいよいよのことは、神々様にもわかってはおらんのだぞ、
星の国、星の臣民(しんみん) 今はえらい気張り様で、世界(かま)うように申しているが、
星ではダメだぞ、
神の御力でないと何もできはせんぞ。

記:1944年8月31日

 

天つ巻〜第3帖 →超訳

一日の日の()にも天地引っ繰り返ると申してあろうがな、
ビックリ箱が近づいたぞ、
九、十に気つけと、くどく申してあろうがな、
神の申すこと一分一厘違わんぞ、
違うことなら こんなにくどくは申さんぞ、
同じことばかり繰り返すと臣民(しんみん)申しているが、
この方の申すこと みな違っていることばかりぞ、
同じこと申していると思うのは、
()(たま)曇っている証拠ぞ。
改心第一ぞ。

記:1944年8月31日

 

天つ巻〜第4帖 →超訳

この方は元の肉体のままに生き通しであるから、
天明にも見せなかったのだぞ、
あちこちに臣民(しんみん)の肉体借りて予言する神がたくさん出ているなれど、
九分九厘はわかっておれども、
とどめの最後はわからんから、
この方に従って御用せよと申しているのぞ。
砂糖にたかる(あり)となるなよ。
百人千人の改心なれば、どんなにでもできるなれど、
今度は世界中、神々様も畜生も悪魔も餓鬼(がき)()(どう)も三千世界の大洗濯だから、
そんなチョロコイことではないのだぞ。
ぶち(こわ)しできても建て直しわかるまいがな。
火と水で岩戸開くぞ、
知恵や学でやると、グレンと引っ繰り返ると申しておいたが、
そういえば知恵や学は()らんと臣民(しんみん)早合点するが、
知恵や学も()るのだぞ。
悪も御役であるぞ、
この道理よく腹に入れて下されよ。
天の神様 地に御降りなされて、今度の大層な岩戸開きの指図なされるのだぞ、
国々の神々様、産土(うぶすな)様、力ある神々様にも御苦労になっているのだぞ。
天照皇太神宮様初め神々様、
(あつ)くまつりてくれと申して聞かせてあろうがな、
神も(ほとけ)もキリストも元は一つぞよ。

記:1944年8月31日

 

天つ巻〜第5帖 →超訳

牛の食べ物食べると牛のようになるぞ、
猿は猿、虎は虎となるのだぞ。
臣民(しんみん)の食べ物は定まっているのだぞ、
いよいよとなって何でも食べねばならぬようになったら虎は虎となるぞ。
(けだもの)と神とが分かれると申してあろうがな、
縁ある臣民(しんみん)に知らせておけよ、
日本中に知らせておけよ、
世界の臣民(しんみん)に知らせてやれよ、
(けだもの)の食い物喰う時には、一度 神に(ささ)げてからにせよ、
神から頂けよ、
そうすれば神の食べ物となって、(なに)食べても大丈夫になるのぞ、
何もかも神に(ささ)げてからと申してあることの道理 よくわかったであろうがな、
神に(ささ)げきらぬと(けだもの)になるのぞ、
神がするのでは無いぞ、
自分がなるのぞと申してあることも、よくわかったであろうがな、
くどく申すぞ、
八から九から十から百から千から万から何が出るかわからんから
神に(ささ)げないと生きて行けんようになるのだが、
悪魔に魅入られている人間いよいよ気の毒できるのだぞ。

記:1944年8月31日

 

天つ巻〜第6帖 →超訳

(あめ)は天の神、(くに)は地の神が()らすのであるぞ、
お手伝いはあるなれど。
秋の空のすがすがしさが、グレンと変わるぞ、
地獄に住む者 地獄がよいのぞ、天国だぞ、
逆様(さかさま)は長くは続かんぞ、
無理通らぬ(とき)()が来たぞ、
いざとなったら残らずの活神(いきがみ)様、御総出だぞ。

記:1944年9月1日

 

天つ巻〜第7帖 →超訳

二二(富士)は晴れたり日本晴れ、
二本のお足であんよせよ、
二本のお手手で働けよ、
日本の神の御仕組み、いつも二本となってるぞ、
一本足の案山子(かかし)さん、今さらどうにもなるまいが、
一本の手の臣民(しんみん)よ、それでは生きては行けまいが、
一本足では立てないと、いうこと()(はや)わかったら、
神が与えた二本足、日本のお土に立ちて見よ、
二本のお手手 打ち打ちて、神(おろが)めよ 天地(あめつち)に、
響くまことの(かしわ)()に、日本の国は晴れるぞよ、
二二(富士)は晴れたり日本晴れ、
二二(富士)は晴れたり、岩戸あけたり。

記:1944年9月1日

 

天つ巻〜第8帖 →超訳

嵐の中の捨て小舟と申してあるが、
今その通りとなっておろうがな、
どうすることもできまいがな、
船頭(せんどう)どの、苦しい時の神頼みでもよいぞ、
神まつりてくれよ、
神にまつわりてくれよ、
神はそれを待っているのだぞ、
それでもせぬよりはましぞ、
そこに光あらわれるぞ。
光あらわれると道はハッキリとわかって来るのぞ、
この方に(だま)されたと思って、言う通りにして見なされ、
自分でもビックリするように結構ができてるのにビックリするぞ。
富士の()(やま)に腰かけて、この方 世界中守るぞ。
(かのと)(とり)、結構な日と申してあるが、結構な日は恐い日であるぞ。
天から人が降る、人が天に昇ること、
昇り降りで忙しくなるぞ。
てんし様 ()(うつ)り願う時近づいて来たぞよ。
奥山に紅葉(もみじ)あるうちにと思えども、
いつまでも紅葉ないぞ。

記:1944年9月2日

辛酉=1981年、2041年

 

天つ巻〜第9帖 →超訳

ひふみの秘密 出でひらき鳴る、
早く道(ひら)き成る、世ことごとにひらき、
世、なる大道で、神ひらき、世に神々満ちひらく、
この鳴り成る神、ひふみ出づ大道、人神出づはじめ。

記:1944年9月2日

 

天つ巻〜第10帖 →超訳

一二三の裏に◯一二、三四五の裏に二三四、
五六七の裏に四五六の御用あるぞ。
五六七()んだら七八九ぞ、
七八九の裏には六七八あるぞ、
八九十の御用もあるぞ。
段々に知らせるから、これまでの神示(ふで)よく心に入れて、
ジッとして置いてくれよ。

記:1944年9月3日

 

天つ巻〜第11帖 →超訳

この神示(ふで) (こと)()として読みてくれよ、
神々様にも聞かせてくれよ、
守護神どのにも聞かせてくれよ、
守護神どのの改心まだまだであるぞ、
一日が一年になり百年になると目が廻って
真底からの改心でないとお役に立たんことになって来るぞ。

記:1944年9月4日

 

天つ巻〜第12帖 →超訳

遠くて近いは男女だけではないぞ、
神と人、天と地、親と子、食べる物も遠くて近いが良いのだぞ、
カミ()(まつ)にすればカミに泣くぞ、
(たっと)べば土が救ってくれるのぞ、
(たっと)ぶこと今の臣民(しんみん)忘れているぞ、
神ばかり(たっと)んでも何にもならんぞ、
何もかも(たっと)べば何もかも味方ぞ、
(たっと)べば敵が敵でなくなるのぞ、
この道理わかったか。
臣民(しんみん)には神と同じ分け(みたま)(さず)けてあるのだから、
磨けば神になるのぞ。
神示(ふで)謄写(とうしゃ)良いぞ、
初めは五十八、次は三百四十三ぞ、
よいな。

記:1944年9月5日

 

天つ巻〜第13帖 →超訳

(そら)に変わったこと現れたならば 地に変わったことがあると心得よ、
いよいよとなって来ているのだぞ。
神は元の大神様に延ばせるだけ延ばして頂き、
一人でも臣民(しんみん)助けたいのでお願いしているのだが、
もうお断わり申す(すべ)なくなったぞ。
玉串(たまぐし)神に供えるのは(ころも)供えることぞ
(ころも)とは神の(ころも)のことぞ、
神の(ころも)とは人の肉体のことぞ。
臣民(しんみん)をささげることぞ、自分をささげることぞ、
この道理わかったか。
人に仕える時も同じことぞ、
人を神として仕えねばならんぞ、
神として仕えると神となるのだから、
もてなしの物出す時は、(はら)(きよ)めて神に仕えると同様にしてくれよ、
食べ物 今の半分で足りると申してあるが、
神に(ささ)げたものか、
(はら)(きよ)めて神に(ささ)げると同様にすれば半分で足りるのぞ、
天の異変に気つけてくれよ。
神くどく気つけて置くぞ。
神世近づいたぞ。

記:1944年9月6日

 

天つ巻〜第14帖 →超訳

海一つ越えて寒い国に、まことの(たから) 隠してあるのだぞ、
これからいよいよとなったら、神が許してまことの臣民(しんみん)に手柄致さすぞ、
外国人がいくら逆立ちしても、神が隠しているのだから手は着けられんぞ、
世の元からのことであれど、いよいよが近くなったら、この方の力で出して見せるぞ、
びっくり箱が開けて来るぞ。

記:1944年9月7日(記述は「8月7日」)

 

天つ巻〜第15帖 →超訳

神の国には神の国のやり方あるぞ、
支那には支那、オロシヤにはオロシヤ、それぞれにやり方が違うのだぞ、
教えもそれぞれに違っているのだぞ、
元は一つであるなれど、神の教えが一等良いと申しても、
そのままでは外国には通らんぞ、
このことよく心にたたんでおいて、上に立つ役員どの気つけてくれよ、
猫に小判なんにもならんぞ、
神の一度申したことは一分も違わんぞ。

記:1944年9月7日(記述は「8月7日」)

 

天つ巻〜第16帖 →超訳

今度の(いくさ)済みたら てんし様が世界中知ろしめして、
外国には王はなくなくなるのだぞ。
一旦(いったん)(いくさ)(おさ)まっても、
あとのゴタゴタなかなか静まらんぞ、
神の臣民(しんみん) (ふんどし)締めて 神の申すことよく腹に入れておいてくれよ、
ゴタゴタ起こった時、どうしたら良いかということも、
この神示(ふで)よく読んでおけば わかるようにしてあるのだぞ。
神は天からと(そら)からと地からと(ちから)合わせて、
神の臣民(しんみん)に手柄立てさすようにしてあるのだが、
今では手柄立てさす、神の御用に使う臣民(しんみん)(いち)()もないのだぞ。
神の国が勝つばかりではないのだぞ、
世界中の人も草も動物も助けて みな喜ぶようにしなければならんのだから、
臣民(しんみん)では見当取れん永遠(とことわ)に続く神世に致すのだから、
素直に神の申すこと聞くが一等だぞ。
人間の智恵でやれるなら、やって見よれ、
あちらへ(はず)れ、こちらへ外れて、ぬらりくらりと(うなぎ)つかみぞ、
思うようにはなるまいがな、
神の国が(もと)の国だから、神の国から改めるのだから、
一番つらいことになるのだぞ、
覚悟はよいか、
腹さえ切れぬようなフナフナ腰で大番頭とはなんということぞ、
てんし様は申すもかしこし、
人民さま、犬猫にも済むまいぞ。
人の力ばかりで(いくさ)しているのでないことくらい わかっておろうがな、
目に見せてあろうがな、
これでもわからんか。

記:1944年9月7日(記述は「8月7日」)

 

天つ巻〜第17帖 →超訳

昔から生き通しの(いき)神様のすることぞ、
泥の海にするぐらい朝飯前のことだが、
それでは臣民(しんみん)が可哀想だから天の大神様にこの方がお詫びして
(ひと)()(ひと)()と延ばしているのだぞ、
その苦労もわからずに臣民(しんみん)勝手なことばかりしていると、
神の堪忍(かんにん)袋切れたら どんなことあるかわからんぞ、
(こめ)があると申して油断するでないぞ、
一旦は天地へ引き上げぞ。

記:1944年9月7日(記述は「8月7日」)

 

天つ巻〜第18帖 →超訳

いつも気つけてあることだが、神が人を使っているのだぞ、
今度の(いくさ)で外国人にもよくわかって、
神様には(かな)わん、どうか言うことを聞くから、
夜も昼もなく神に仕えるから許してくれと申すようになるのだぞ、
それには神の臣民(しんみん)()(たま)掃除しなければならんのだぞ、
くどい様なれど(いち)()も早く一人でも多く改心して下されよ、
神は急ぐのだぞ。

記:1944年9月7日(記述は「8月7日」)

 

天つ巻〜第19帖 →超訳

神の力がどんなにあるか、
今度は一度は世界の臣民(しんみん)に見せてやらねば納まらんのだぞ、
世界ゆすぶって知らせねばならんようになるなれど、
少しでも弱くゆすって済むようにしたいから、くどく気つけているのだぞ、
ここまで世が迫って来ているのぞ、
まだ目醒(めざ)めぬか、神はどうなっても知らんぞ、
早く気づかぬと気の毒できるぞ、
その時になっては間に合わんぞ。

記:1944年9月7日(記述は「8月7日」)

 

天つ巻〜第20帖 →超訳

神の世と申すのは、今の臣民(しんみん)の思っているような世ではないぞ、
(きん)()らぬのだぞ、
お土からあがった物が光って来るのだぞ、
衣類食べ物、家倉(いえくら)まで変わるのだぞ、
草木も喜ぶ政治と申してあろうがな、
誰でもそれぞれに先のわかるようになるのぞ、
お日様もお月様も海も山も野も光り輝いて水晶のようになるのぞ。
悪はどこにも隠れることできんようになるのぞ、
博打(ばくち)(しょう)()はなく致すぞ。
雨も()るだけ降らせてやるぞ、
風もよきように吹かせてやるぞ、
神をたたえる声が天地に満ち満ちて うれしうれしの世となるのだぞ。

記:1944年9月7日(記述は「8月7日」)

 

天つ巻〜第21帖 →超訳

みろく(弥勒)出づるには、はじめ(なか)ば焼くぞ、
人、二分は死、みな人、神の宮となる。
西に(いくさ)し尽くし、神世とひらき、
国毎に、一二三(ひふみ)三四五(みよいづ)たりて(もも)()(よろず)
神急ぐぞよ。

記:1944年9月7日(記述は「8月7日」)

 

天つ巻〜第22帖 →超訳

十柱の世の元からの生き神様 御活動になっていることわかったであろうがな、
けものの入れものにはわかるまいなれど、
神の臣民(しんみん)にはよくわかっているはずぞ。
まだ段々に(はげ)しくなって外国の臣民(しんみん)にもわかるようになって来るのだぞ。
その時になってわかったのでは遅い遅い、
早う洗濯致してくれよ。

記:1944年9月9日(記述は「8月9日」)

 

天つ巻〜第23帖 →超訳

()がなくてはならん、()があってはならず、
よくこの神示(ふで)読めと申すのぞ。
悪はあるが無いのだぞ、善はあるのだが無いのだぞ、
この道理わかったらそれが善人だぞ。
千人(りき)の人が善人であるぞ、
お人よしではならんぞ、
それは善人ではないのだぞ、
神の臣民(しんみん)ではないぞ、
雨の神どの 風の神どのに とく御礼申せよ。

記:1944年9月9日(記述は「8月9日」)

 

天つ巻〜第24帖 →超訳

今の臣民(しんみん)盲聾(めくらつんぼ)ばかりと申しあるが、その通りでないか、
この世はおろか自分の身体のことさえわかってはおらんのだぞ、
それでこの世を持って行くつもりか、わからんと申しても余りでないか、
神の申すこと違ったではないかと申す臣民(しんみん)も今に出て来るぞ、
神は大難を小難にまつり変えているのにわからんか、
えらいむごいことできるのを小難にしてあることわからんか、
ひどいこと出て来ること待っているのは(じゃ)()(たま)ぞ、
そんなことでは神の国の臣民(しんみん)とは申されんぞ。
臣民(しんみん)は、神に、悪いことは小さくしてくれと毎日お願いするのが務めぞ、
臣民(しんみん) 近慾(ちかよく)だからわからんのぞ、
慾もなくてはならんのだぞ、
取り違いと鼻高とが一番恐いのぞ。
神は生まれ赤子の心を喜ぶぞ、
磨けば赤子となるのぞ、
いよいよが来たぞ。

記:1944年9月10日

 

天つ巻〜第25帖 →超訳

今に臣民(しんみん) 何も言えなくなるのだぞ、
(はげ)しくなるのだぞ、目開けておれんことになるのだぞ。
四つん()いになって()い廻らねばならんことになるのだぞ、
のたうち廻らねばならんのだぞ、
土に(もぐ)らねばならんのだぞ、
(くぐ)らねばならんのだぞ。
臣民(しんみん)可哀想なれど、
こうしなければ鍛えられんのだぞ。
この世始まってから二度とない苦労だが、
我慢してやり通してくれよ。

記:1944年9月10日

 

天つ巻〜第26帖 →超訳

(あめ)日津久(ひつく)の神と申しても一柱ではないのだぞ、
臣民(しんみん)のお役所のようなものと心得よ、
一柱でもあるのだぞ。
この方はオホカムツミの神とも現れるのだぞ、
時により所によってはオホカムツミの神として(まつ)りてくれよ、
青人草の(うき)()直してやるぞ。
天明(岡本天明)は神示(ふで)書かす御役であるぞ。

記:1944年9月11日

 

天つ巻〜第27帖 →超訳

石物言う時来るぞ、草物言う時来るぞ、
(きた)(おが)めよ、北光るぞ、北良くなるぞ、
夕方良くなるぞ、暑さ寒さ、柔らかくなるぞ、
五六七(みろく)の世となるぞ。
慌てずに急いでくれよ。
神々様 みなの産土(うぶすな)様 総活動でござるぞ、
神々様まつりてくれよ、
人々様まつりてくれよ、
御礼申してくれよ。

記:1944年9月12日か13日

 

天つ巻〜第28帖 →超訳

遅し早しはあるなれど、一度申したこと必ず出て来るのだぞ。
臣民(しんみん)近慾(ちかよく)(うたが)い深いから、
何もわからんから疑う者もあるなれど、
この神示(ふで)一分一厘違わんのだぞ。
世界ならすのだぞ、神の世にするのだぞ、善一筋にするのだぞ、
誰れ彼れの分け(へだ)てないのだぞ。
土から草木生まれるぞ、草木から動物、虫けら生まれるぞ。
上下ひっくり返るのだぞ。

記:1944年9月13日

 

天つ巻〜第29帖 →超訳

この方オホカムツミの神として書き知らせるぞ。
(やまい)あるかないかは手(まわ)して見ればすぐわかるぞ、
自分の身体中どこでも手届くのだぞ、
手届かぬ所あったら(やまい)の所すぐわかるであろうが。
臣民(しんみん)の肉体の(やまい)ばかりでないぞ、
心の(やまい)も同様ぞ、
心と身体と一つであるからよく心得て置けよ、
国の(やまい)も同様ぞ、
頭は届いても手届かぬと(やまい)になるのぞ、
手はどこへでも届くようになっていると申してあろうが、
今の国々の()姿(すがた)見よ、
御手(みて)届いておるまいがな、
手なし足なしぞ。
手は手の思うように、足は足ぞ、
これでは(やまい)直らんぞ、
臣民(しんみん)(やまい)は、足、()に着いておらぬからぞ。
()に着けよ、
草木はもとより、犬猫も皆お土に足つけておろうがな。
三尺上は神界ぞ、
お土に足入れよ、
青人草と申してあろうがな、
草の心に生きねばならんのだぞ。
尻に()かけて飛ぶようでは神の御用つとまらんぞ、
お土踏ませて頂けよ、
足を()(れい)に掃除しておけよ、
足汚れていると(やまい)になるぞ、
足からお土の息が入るのだぞ、
(へそ)()のようなものだぞよ、
一人前になったら(へそ)()切り、
(やしろ)に座っておって三尺上で神に仕えてよいのだぞ、
(へそ)()切れぬうちは、
いつもお土の上を踏ませて頂けよ、
それほど大切なお土の上 堅めているが、
今に皆、(のぞ)きてしまうぞ、
一度は嫌でも応でも裸足(はだし)でお土踏まねばならんことになるのぞ、
神の深い仕組みだから 有り難い仕組みだから 喜んでお土拝めよ、
土にまつろえと申してあろうがな、
何事も一時に出て来るぞ、
お土ほど結構なものないのだぞ、
足の裏 ことに()(れい)にせねばならんぞ。
神の申すよう素直に致されよ、
この方 (やまい)直してやるぞ、
この神示(ふで)読めば(やまい)直るようになっているのだぞ、
読んで神の申す通りに致して下されよ、
臣民(しんみん)も動物も草木も(やまい)なくなれば、
世界一度に光るのぞ、
岩戸開けるのぞ。
(いくさ)(やまい)の一つであるぞ、
国の足の裏掃除すれば国の(やまい)直るのぞ、
国、逆立ちしていると申してあること忘れずに掃除してくれよ。
上の守護神どの、下の守護神どの、中の守護神どの、
皆の守護神どの改心してくれよ。
いよいよとなっては苦しくて間に合わんことになるから、
くどく気つけておくのだぞ。
(やまい)ほど苦しいものないであろうがな、
それぞれの御役忘れるでないぞ。
天地(うな)るぞ、
でんぐり返るのだぞ、
世界一度に揺するのだぞ。
神は(おど)すのではないぞ、
迫っておるぞ。

記:1944年9月13日

 

天つ巻〜第30帖 →超訳

富士とは火の仕組みぞ、
渦海(うずうみ)とは水の仕組みぞ、
今にわかって来るのぞ。
神の国には、政治も経済も軍事もないのだぞ、
まつりがあるだけぞ。
まつらうことによって何もかもうれしうれしになるのだぞ。
これは政治ぞ、これは経済ぞと申しているから「(うなぎ)つかみ」になるのぞ、
分ければ分けるほどわからなくなって手に負えぬことになるぞ。
手足はたくさんは()らぬのだぞ。
火垂(ひだり)(おみ)水極(みぎり)(おみ)とあればよいのだぞ。
ヤとワと申してあろうがな、
その下に七七ゝゝゝゝと申してあろうがな。
今の臣民(しんみん) 自分で自分の首くくるようにしているのぞ、
手は頭の一部ぞ、手の頭ぞ。
頭、手の一部でないぞ、
この道理よく心得ておけよ。

神示(ふで)は印刷することならんぞ、
この神示(ふで)説いて臣民(しんみん)の文字で臣民(しんみん)に読めるようにしたものは一二三(ひふみ)と申せよ。
一二三(ひふみ)は印刷して良いのだぞ。
印刷結構ぞ。
 この神示(ふで)のまま臣民(しんみん)に見せてはならんぞ*1
役員よくこの神示(ふで)見て、
その時によりその国によって それぞれに説いて聞かせよ。
日本ばかりでないぞ、
国々ところどころに仕組みして神柱作ってあるから、
今にびっくりすることできるのだぞ、
世界の臣民(しんみん)にみな喜ばれる時来るのだぞ。
五六七(みろく)の世 近づいて来たぞ。
富士は晴れたり日本晴れ、
富士は晴れたり日本晴れ。
善一筋とは神一筋のことぞ。
この巻を「天つ巻」と申す、
すっかり写してくれよ、
すっかり伝えてくれよ。

記:1944年9月14日

*1 お筆先で書かれた日月神示ではなく、翻訳した一二三神示のみ公開可