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    日月の巻(全文)

 

日月の巻〜第1帖  →超訳

富士は晴れたり日本晴れ。
 ゝ◯の巻 書き知らすぞ。
この世に自分の物というものは何一つないのであるぞ。
早う自分からお返しした者から楽になるのだぞ。
今度の大洗濯は三つの大洗濯が一度になっているのだから、
見当取れんのだぞ。
神の国の洗濯と外国の洗濯と世界ひっくるめた洗濯と一度になっているのだから、
そのつもりで少しでも神の御用務めてくれよ。
これからがいよいよの正念場と申してあろうがな。
今はまだまだ一の幕で、せんぐり(*)出て来るのだぞ。
()出したらわからなくなるぞ、
てんし様(おが)めよ、
てんし様まつりてくれよ、
臣民(しんみん) 無理と思うことも無理でないこと たくさんにあるのだぞ、
神はいよいよの仕組みにかかったと申してあろうがな。
(こわ)すのでないぞ、練り直すのだぞ。
世界を()(ばち)に入れて()ね廻し、
練り直すのだぞ。
日本の中に騒動起こるぞ。
神の臣民(しんみん) 気つけてくれよ。
日本も神と(けだもの)に分かれているのだから、
いやでも応でも騒動となるのだぞ。
小さくしたいなれど。

記:1944年10月17日

*せんぐり、先繰り=順番通り。近畿方言の「次々と」「立て続けに」ではない。

 

日月の巻〜第2帖  →超訳

三千年三千世界乱れたる、罪や(けが)れを身において、
この世の裏に()れしまま、この世(かま)いし大神の、
みこと(かしこ)みこの度の、岩戸開きの御用する、
()(たま)はいずれも生き変わり、死に変わりして練りに練り、
鍛えに鍛えし神国の、まことの()(たま) (あま)()けり、
国駈けります元の種、昔の元の御種(おんたね)ぞ、
今落ちぶれているとても、やがては神の御民とし、
天地(あめつち)駈けり神国の、救いの神と現れる、
時近づきぬ御民等よ。
今一苦労二苦労、とことん苦しきことあれど、
(こら)え忍びてぞ次の世の、まこと神代の(いしずえ)と、
磨きてくれよ神()(たま)、いやさかつきに栄えなむ。
みたまさちはへましまさむ。

記:1944年10月18日

 

日月の巻〜第3帖  →超訳

この神示(ふで) 声立てて読みて下されと申してあろうがな。
臣民(しんみん)ばかりに聞かすのでないぞ。
守護神殿、神々様にも聞かすのぞ、
声出して読みてさえおれば良くなるのだぞよ。
じゃと申して、仕事休むでないぞ。
仕事は行であるから務め務めた上にも精出してくれよ。
それがまことの行であるぞ。
滝に打たれ断食するような行は幽界(がいこく)の行ぞ。
神の国のお土踏み、神国の光いきして、
神国から生まれる食べ物頂きて、
神国の御仕事している臣民(しんみん)には行は()らぬのだぞ。
このことよく心得よ。

記:1944年10月19日

 

日月の巻〜第4帖  →超訳

(いくさ)済みても後の紛糾なかなかに済まんぞ。
人民いよいよ苦しくなるぞ。
三四五(みよいづ)の仕組みできないで、
一二三(ひふみ)の御用はやめられんぞ。
この神示(ふで)読んで三四五(みよいづ)の世の仕組みよく腹の中に入れておいて
(かみ)の人に知らせてやって下されよ。
三四五(みよいづ)とは てんし様の稜威(いつ)()でることぞ。

記:1944年10月20日

 

日月の巻〜第5帖  →超訳

神の国には神も人も無いのだぞ。
忠も考もないのだぞ。
神は人であるぞ。
山であるぞ。
川であるぞ。
めである。
野である。
草である。
木である。
動物であるぞ。
なすこと皆「忠」となり「孝」と流れるのぞ。
死も無く生も無いのぞ。
神心あるのみぞ。
やがては降る雨(あられ)、役員 気つけてくれよ。
神の用意はできているのだぞ。
何事からでも早く始めてくれよ。
神の心に(かな)うものは どしどしと(らち)明くぞ。

記:1944年10月21日

 

日月の巻〜第6帖  →超訳

天地(あめつち)の時、天御中主(あめのみなかぬし)(みこと)
アのアに為りましき、
高天原(たかあまはら)(みこと)となり(たま)いき。

今の経済は悪の経済と申してあろうがな、
もの殺すのぞ。
神の国の経済はもの生む経済ぞ。
今の政治はもの(こわ)す政治ぞ、
神の政治は与える政治と申してあろうが。
配給は配給、統制は統制ぞ。
一度は何もかも天地に引き上げと申してあるが、
次の四(世)の種だけは地に埋めておかねばならんのだぞ。
それで神がくどく申しているのぞ。
種は落ちぶれていなさる方で守られているぞ。
上下に引っ繰り返ると申してあること近づいて来たぞ。
種は百姓に与えてあるぞ。
()くのは百姓ぞ。

記:1944年10月22日

 

日月の巻〜第7帖  →超訳

次、(たか)皇産巣日(みむすび)
次、(たか)皇産巣日(みむすび)(みこと)となり(たま)いき、
この()(はしら) ()(根本)になりまして澄みきり(たま)いき。

岩戸ひらく道、神々苦しむなり、
(いや)ひらき苦しむ道ぞ、
苦しみてなりなり、なりゑむ道ぞ、
神諸々なり、世は勇むなり、新しき道、
ことごとなる世、
諸々(もろもろ) 四方(よも)にひらく、
なる世の道、ことごとくの道、みいづぞ。

記:1944年10月24日

 

日月の巻〜第8帖  →超訳

次、宇摩志阿斯訶備比古遅(うましあしかびひこぢ)の神、
(みこと)となりなりて、()()(たま)いき。

(うり)(つる)茄子(なす)ならすでないぞ。
茄子(なす)には茄子(なす)と申してあろうがな。
味噌(みそ)(くそ)も一つにするでないぞ。
皆がそれぞれに息する道あろうがな。
野見よ森見よ。
神の経済よく見よ。
神の政治よく見て、まことの政治仕えてくれよ。
すべてにまつろうことと申してあろうがな。
上に立つ番頭殿、目開いて下されよ。
間に合わんことできても神は知らんぞ。
神急けるぞ。
役員も気配れよ。

記:1944年10月24日

 

日月の巻〜第9帖  →超訳

何事も持ちつ持たれつであるぞ。
神ばかりではならず、
人ばかりではならずと申してあろうが、
善一筋の世と申しても今の臣民(しんみん)の言っているような善ばかりの世ではないぞ。
悪でない悪とあなないているのだぞ。
このお道は、あなないの道ぞ、
上ばかりよい道でも、
下ばかりよい道でもないのだぞ。
まつりとはまつわることで、
まつり合わすことだぞ。
まつり合わすとは草は草として、木は木として、
それぞれのまつり合わせぞ。
草も木も同じまつり合わせでないのだぞ。

記:1944年10月26日

あななう=助け合う、融合する、支援する

 

日月の巻〜第10帖  →超訳

次、天常立(あめとこたち)(みこと)
次、国常立(くにとこたち)(みこと)
次、豊雲(とよくも)(みこと)となりなりて、
()()(たま)い、(みこと)澄みきり(たま)いき。

(かのと)(とり)の日と年はこわい日で、
よき日と申してあろうがな。
九月八日は結構な日だが、
こわい日だと申して知らせてあったこと少しはわかったか。
何事も神示(ふで)通りになって、せんぐりに出て来るぞ。
遅し早しはあるのだぞ。
この度は幕の一ぞ。
日本の臣民(しんみん)これで(いくさ)済むように申しているが、
(いくさ)はこれからぞ。
九、十月八日、十八日はいくらでもあるのだぞ。
三月三日、五月五日はよき日ぞ。
恐ろしい日だぞ。
今は「型」であるぞ。
改心すれば型小さくて済むなれど、
掃除大きくなるぞ。
猫に気つけよ、犬来るぞ。
臣民(しんみん)の掃除遅れると段々大きくなるのだぞ。
神が表に出て(おん)(はたら)きなされていること 今度はよくわかったであろうがな。
 ゝ◯と神との(いくさ)でもあると申してあろうがな。
(いくさ)のまねであるぞ。
神がいよいよとなって、びっくり箱開いたら、臣民(しんみん)ポカンぞ。
手も足も動かすことできんぞ。
たとえではないのだぞ。
くどく気つけておくぞ。
これからがいよいよの(いくさ)となるのだぞ、
鉄砲の(いくさ)ばかりではないぞ。
その日その日の(いくさ)(はげ)しくなるぞ、
(ふんどし)締めてくれよ。

記:1944年10月25日

第9帖と第10帖の日付逆転、乱丁?

 

日月の巻〜第11帖  →超訳

学も神力ぞ、神だぞ。
学が人間の智恵と思っていると とんでもないことになるぞ。
肝腎の真ん中なくなっていると申してあろうが。
真ん中動いてはならんのだぞ。
神国の政治は魂のまつりごとぞ。
苦しき御用が喜んでできるようになったら、
神の仕組みわかりかけるぞ。
何事も喜んで致してくれと申してあろうがな。
臣民(しんみん)の頭では見当取れん無茶な四(世)になる時来たのだぞ。
それを闇の世と申すのぞ。
神はゝ、臣民(しんみん)は◯、外国は◯、神の国はゝと申してあろうが、
神国から見れば、まわり皆外国、外国から見れば神国真ん中。
人の真ん中には神あろうがな。
悪神の仕組みはこの方にはわかっているから一度に潰すことは(やす)いなれど、
それでは天の大神様にすまんなり、
悪殺して(しま)うのではなく、
悪改心させて、五六七(みろく)のうれしうれしの世にするのが神の願いだから、
この道理忘れるでないぞ。
今の臣民(しんみん) いくら立派な口きいても、文字並べても、
(まこと)がないから力ないぞ。
黙っていても力ある人いよいよ世に出る時近づいたぞ。
力は神から流れて来るのぞ。
磨けた人から神がうつって今度の二度とない世界の、世直しの手柄立てさすぞ。
()(たま)磨きが何より大切ぞ。

記:1944年10月27日

 

日月の巻〜第12帖  →超訳

(はしら)、五(はしら)、七(はしら)
こと(あま)()(かみ)
次、宇比地迩(うひじに)、次、(いも)須比地迩(すひじに)
次、角杙(つぬぐい)、次、妹活杙(いもいくぐい)
次、意富斗能地(おおとのじ)、次、妹大(いもおお)斗乃弁(とのべ)
次、於母陀流(おもだる)、次、(いも)阿夜訶志古泥(あやかしこね)
(みこと)()れなり、意気生(いきい)きて、()(たま)いき、
次、伊邪那岐(いざなぎ)の神、伊邪那美(いざなみ)の神、
()()(たま)いき。

足許(あしもと)に気つけよ。
悪は善の仮面かぶって来るぞ。
入れん所へ悪が化けて入って神の国をワヤにしているのであるぞ、
己の心も同様ぞ。
百人千人万人の人が善いと申しても悪いことあるぞ。
一人の人言っても神の心に()うことあるぞ。
てんし様拝めよ。
てんし様拝めば御光出るぞ、
何もかもそこから生まれるのだぞ。
お土拝めよ。
お土から何もかも生まれるのぞ。
人拝めよ、
上に立つ人拝めよ、
草木も神と申してあろうがな。
江戸に攻め寄せると申してあろうがな。
富士目指して攻め来ると知らせてあること近づいたぞ。
今までのことは皆「型」であったぞ、
江戸の仕組みもお山も甲斐の仕組みも皆「型」ぞ、
鳴門と渦海(うずうみ)の仕組みも型してくれよ。
尾張の仕組みも型早く出してくれよ。
型済んだらいよいよ末代続くまことの世直しの御用にかからすぞ。
雨降るぞ。

記:1944年10月28日

三柱=天御中主(あめのみなかぬし)(みこと)(たか)皇産巣日(みむすび)(たか)皇産巣日(みむすび)(みこと)
五柱=三柱+宇摩志阿斯訶備比古遅(うましあしかびひこぢ)の神、天常立(あめとこたち)(みこと)
七柱=五柱+国常立(くにとこたち)(みこと)豊雲(とよくも)(みこと)

 

日月の巻〜第13帖  →超訳

人間心で急ぐでないぞ。
()が出てくると失策(しくじ)るから
()とわからん()あるから、
今度は失策(しくじ)ることできんから、
ここという時には神が力つけるから急ぐでないぞ。
()(たま)磨き第一ぞ。
(かげ)の御用と表の御用とあるなれど
いずれも結構な御用だぞ。
()(たま)相当が一番よいのだぞ。
今にわかって来るから慌てるでないぞ。
今までの神示(ふで)良く読んでくれたらわかるのだぞ。
それで腹で読め読めとくどく申しているのだぞ。
食い物 気つけよ。

記:1944年10月28日

 

日月の巻〜第14帖  →超訳

世の元からの仕組みであるから
臣民(しんみん)に手柄立てさせて
上下そろった光の世にするのだから、
臣民(しんみん)見当取れんから
早く掃除してくれと申しているのぞ。
国中到るところに花火仕掛けてあるのぞ。
人間の心の中にも花火が仕掛けてあるぞ。
いつその花火が破裂するか、
わからんであろうがな。
掃除すれば何もかも見通しだぞ。
花火破裂する時近づいて来たぞ。
動くことできんようになるぞ。
蝋燭(ろうそく)の火、明るいと思っているが、
五六七(みろく)の世の明るさはわからんであろうが。

記:1944年10月31日

 

日月の巻〜第15帖  →超訳

目覚めたらその日の生命(いのち)お預かりしたことを神に感謝し、
その生命(いのち)を神の御心のままに弥栄(いやさか)に仕えまつることに祈れよ。
神はその日その時に何すべきかに就いて教えるぞ。
明日のことに心使うなよ。
心は配れよ。
取り越し苦労するなよ。
心配りはしなければならんぞ。
何もかも神に任せよ。
神の生命(いのち)、神の肉体となりきれよ。
何もかも捨てきらねばならんぞ。
天地皆神のものぞ、天地皆己のものぞ。
取り違い致してくれるなよ。
いくら(いくさ)していても天国ぞ、
天国とは神国ぞ。
神国の民となれば(いくさ)も有難いぞ。
生きの生命(いのち)いつも光り輝いているぞ。
神にまつろってくれと申してあろうが。
天地(あめつち)皆にまつろってくれと申してあろうがな。
ここの道理よくわかったであろうが。
何も言うことないぞ。
(たた)える(こと)光透(こと)ぞ。
天地称(あめつちたた)える(こと)光透(こと)ぞ。
草木の心になれと申してあろうがな。
神風もあるぞ。
地獄の風もあるぞ。
迷うでないぞ。
神の申すコトはコトであるぞ。
コトに生きてくれよ。
コトまつろえよ。

記:1944年11月1日

 

日月の巻〜第16帖  →超訳

慌てて動くでないぞ。
()(せつ)が何もかも返報(へんぽう)返しするぞ。
時の神様 有難いと申してあろうがな。
神は臣民(しんみん)から何求めているか。
いつも与えるばかりでないか。
神の政治、神国の政治は与える政治とくどく申してあろうがな。
今のやり方ではいよいよ苦しくなるばかりぞ。
早く気づかぬと気の毒できてくるぞ。
()らぬと申してあろうが。
やり方教えてやりたいなれど、
それでは臣民(しんみん)に手柄無いから
この神示(ふで)よく読みてくれと言ってあるのぞ。
よきことも現れると帳消しとなること知らせてあろうが、
人に知れぬようによきことはするのだぞ。
このことよく深く考えて行えよ。
昔からのメグリであるから、
ちょっとやそっとのメグリでないから、
どこへ逃げても どうしてもするだけのことしなければならんのだぞ。
どこにいても救う臣民(しんみん)は救ってやるぞ。
真ん中動くでないぞ、
知らん顔しておることも起こるぞ。

記:1944年11月3日

返報返し=過去の悪事が恨みとなって返ってくる

 

日月の巻〜第17帖  →超訳

ここに(あま)()(かみ)、もろもろの(みこと)(もち)て、
伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)伊邪那美(いざなみ)(みこと)に、
これの(ただよ)える国、(つく)(かた)め成せと、()りごちて、
(あめ)()(ぼこ)(たま)いて、(こと)()さし(たま)いき。

神の国にも善と悪とあると申してあろうがな。
この神示(ふで)見せてよい人と悪い人あるのだぞ。
神示(ふで)見せてくれるなよ。
まことの神の臣民(しんみん)とわかったら この神示(ふで)写してやってくれよ。
神示(ふで)は出ませんと申せよ。
()(せつ)見るのだぞ。
型してくれたのだから もう(はじめ)の仕組みよいぞ。
この神示(ふで) 表に出すでないぞ。
天明(岡本天明)は(かげ)の御用と申してあろうが。
神示(ふで)仕舞っておいてくれよ、
一二三として聞かせてやってくれよ。
この方の仕組み 日に日に変わるのだから、
臣民(しんみん)わからなくなると申してあろうが。
日に日に(はげ)しく変わって来るのだぞ。
神の子には神示(ふで)伝えてくれよ。
()けるぞ。
渦海(うずうみ)の御用結構。

記:1944年11月4日

 

日月の巻〜第18帖  →超訳

次に、伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)伊邪那美(いざなみ)(みこと)に、
(あめ)()(ぼこ)(たま)いて、共に、(ただよ)える、
こと(くに) (つく)(かた)め成せと (こと)()さし(たま)いき。

日に日に(はげ)しくなると申してあろうがな。
水いただきにあげねばならんぞ。
お土掘らねばならんぞ。
(こと)()とくに磨きてくれよ。
コトに気つけてくれとくどく申してあろうが。
してはならず。せねばならず、
神事(かみごと)に生きて下されよ。

記:1944年11月6日

 

日月の巻〜第19帖  →超訳

今のやり方、考え方が間違っているからぞ。
洗濯せよ掃除せよと申すのは これまでのやり方考え方をスクリと改めることぞ。
一度(まか)りた*1と思え。
掃除して何もかも()(れい)にすれば神の光りスクリと光り輝くぞ。
ゴモク*2捨てよと申してあろうがな。
人の心ほど怖いものないのだぞ。
奥山に紅葉(もみじ)あるうちにと申すこと忘れるなよ。
北に気つけよ。
神の()の仕組み よく腹に入れておいて下されよ。
今度の(さら)つの世*3の元となるのだぞ。

記:1944年11月7日

*1 (まか)りた=死んだ
*2 ゴモク=汚いもの、世俗の間違った常識、身勝手な考え、など
*3 更つの世=新しい世、新しい時代

 

日月の巻〜第20帖  →超訳

神の用意は何もかも済んでいると申してあろうが。
臣民(しんみん)の洗濯 早く致してくれよ。
(さら)つの世の用意 早くしてくれよ。
今度の世には四十九の御役、御仕事あるのだぞ。
四十九の()(たま)と申してあろうがな。
神の申したこと次々と出て来ておろうがな。
早く神示(ふで)腹に入れよ。
早く知らせてくれよ。
今までの神示(ふで) 役員の腹に入るまでは しばらくこの神示(ふで)出ぬぞ。
大切の時には知らせるなれど、
そのつもりでおってくれよ、
ヌの種 大切にして下されよ。
毒吐き出せよ。

記:1944年11月8日

 

日月の巻〜第21帖  →超訳

人まず和し、人(おろが)めよ。
柏手打って人とまつろえよ。
神示(ふで)読んで聞かせてくれよ。
声出して天地に響くよう()れよ。
火(ひ)と水(み)、ひふみとなるのだぞ。
火近づいたぞ、水近づいたぞ、
(いや)でも応でも走らねばならんぞ。
引っくり返るぞ。
世が(うな)るぞ。
神示(ふで)読めば縁ある人集まって来て、
神の御用する者できて来ることわからんか。
仕組み通りに進めるぞ。
神待たれんぞ。

記:1944年11月10日

 

日月の巻〜第22帖  →超訳

お宮も壊されるぞ、臣民(しんみん)も無くなるぞ。
上の人 臭い飯食う時来るぞ。
味方同士が殺し合う時、一度はあるのだぞ。
大きい声でモノ言えん時来ると申してあろうがな。
これからがいよいよだから、
その覚悟していて下されよ。
一二三が正念場ぞ。
臣民(しんみん)の思っているようなことではないぞ。
この神示(ふで)よく腹に入れておけと申すのぞ。
ちりちり ばらばらになるのだぞ。
一人一人何でもできるようにしておけよ。

記:1944年11月11日

 

日月の巻〜第23帖  →超訳

一升マスには一升しか入らぬと臣民(しんみん)思っているが、
豆一升入れて(あわ)入れることできるのだぞ。
その上に水ならばまだ入るのだぞ。
神ならばその上にまだいくらでも入るのだぞ。
神が移ったら人が思わぬことできるのだぞ。
今度は千人力与えると申してあろうが。
江戸の仕組み 世の終わりぞ。
(おろが)めよ。(つち)拝めよ。
まつわれよ。
秋の空グレンと申してあろうがな。
冬も春も夏も気つけてくれよ。

記:1944年11月13日

 

日月の巻〜第24帖  →超訳

ここに、伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)伊邪那美(いざなみ)(みこと)は、
()(ぼこ)()(ほと)、組み組みて、
国産みせなと(のり)たまいき、
伊邪那岐(いざなぎ)(みこと) 伊邪那美(いざなみ)(みこと)
息合わしたまいて、アウ、あうと()らせたまいて、
国、産みたまいき。

コトの初め気つけてくれよ。
夜明けたら生命(いのち)神に頂いたと申してあろうがな。
太陽()あるうちはことごとに太陽の御用せよ。
月あるうちはことごとに月の御用せよ。
それがまことの臣民(しんみん)ぞ。
生活心配するでないぞ。
ことわけて申せば今の臣民(しんみん)すぐはできぬであろうが。
初めは六分国のため、四分自分の為、
次は七分国のため、三分自分の為、
次は八分国の為、二分自分のため、
というようにしてくれよ。
これはまだ自分があるのだぞ。
自分なくならねばならぬのだぞ。
神人一つになるのだぞ。

記:1944年11月20日

 

日月の巻〜第25帖  →超訳

始め(ヒツキ)の国産みたまいき、
 ゝ◯(日)の国産みたまいき、
☽(月)の国産みたまいき、
次に邦産みたまいき。

神に厄介(やっかい)掛けぬようにせねばならんぞ。
神が助けるからと申して臣民(しんみん)(ふところ)()していてはならんぞ、
(ちから)の限り尽くさねばならんぞ。
 (ヒツキ)とゝ◯(ひつき)とは違うのだぞ。
臣民(しんみん)一日に二度食べるのだぞ、
朝は日の神様に供えてから頂けよ、
夜は月の神様に(ささ)げてから頂けよ、
それがまことの益人(ますびと)ぞ。

記:1944年11月21日

日の国=国旗に太陽のある国?
月の国=国旗に月のある国?

 

日月の巻〜第26帖  →超訳

㋰、㋒、㋒、ウ、うにアエオイウだぞ。
昔の世の元ぞ。
㋐、㋳、㋻、ヤ、ワあるぞ。
世の元ぞ。
サタナハマからあるぞ
一柱、二柱、三柱、五柱、七柱、八柱、九柱、十柱、と申してあろうがな。
五十九の柱の神、七十五柱これでわかったか。
㋰はゝだぞ。
ゝには裏表上下あるのだぞ。
冬の先 春とばかりとは限らんと申してあること忘れるなよ。
用意せよ。
冬に桜咲くぞ。

記:1944年11月22日

ム(生命の始まり)、ウ(生む)、「う」が複数は種類、アエオイウは大きなものから小さなものまでの意味か。
昔は創造の時代。今は国ができたので、コミュニティを再構築する意味だろう。

 

日月の巻〜第27帖  →超訳

神の国は生きているのだぞ、
国土(おろが)めよ、
神の肉体ぞ。
神のたまぞ。
道は真っ()ぐばかりと思うなよ、
曲がって真っ直ぐであるぞ、
人の道は無理に真っ直ぐにつけたがるなれど曲がっているのが神の道ぞ。
曲がって真っ直ぐなのだぞ。
人の道も同じであるぞ。
足許から鳥立つぞ。
いよいよが近づいたぞ。
世の元と申すものは泥の海であったぞ。
その泥から神が色々のもの一二三で、息吹(いぶ)きで生みたのぞ。
人の智ではわからんことだぞ。
眼は丸いから丸く見えるのだぞ。
この道理わかったか。
一度はドロドロにこね廻さねばならんのだぞ。
臣民(しんみん)はどんなに申しても近慾だから先見えんから慾ばかり申しているが、
神は持ち切れないほどの物与えているでないか。
いくら貧乏だとて犬猫とは(けた)違うがな。
それで何不足申しているのか。
まだまだ天地へ引き上げるぞ。
日々取り上げていることわからんか。
神が大難を小難にして神々様御活動になっていること眼に見せてもわからんか。
天地でんぐり返るぞ。
やがては富士晴れるぞ。
富士は晴れたり日本晴れ。
元の神の世に返るぞ。
日の巻終わって月の巻に移るぞ。
いよいよ一二三が多くなるから、
今までに出していた神示(ふで)よく腹に入れておいてくれよ、
知らせねばならず、知らせては仕組み成就せず、
臣民(しんみん) 早く洗濯して鏡に映るようにしてくれよ。
今の世 地獄とわかっているであろうがな。
今のやり方 悪いとわかっているであろうがな。
神まつれと申すのぞ。
外国には外国の神あると申してあろうが。
()(いくさ)進めて外国に行った時は、
まずその国の神まつらねばならんぞ、
まつるとはまつろうことと申してあろうが。
鉄砲や智では悪くするばかりぞ。
神、まずまつれとくどく気つてけあるのは日本ばかりではないぞ。
この方の申すこと小さく取っては見当取れんと申してあろうがな。
三千世界のことぞ。
日本ばかりが可愛いのではないぞ、
世界の臣民(しんみん) 皆我が子ぞ。
分け(へだ)てないのだぞ。
この神示(ふで)読みて聞かせてくれよ。
読めば読むほど明るくなるぞ。
富士晴れるのだぞ。
神の心晴れるのだぞ。
あら楽し世ぞ。

記:1944年11月23日

 

日月の巻〜第28帖  →超訳

岩戸あけたり日本晴れ、富士ひかるぞ。
この巻 役員読むものぞ。
世の元と申すものは火であるぞ、水であるぞ。
雲出て国となったぞ。
出雲(いずも)とはこの(くに)のことぞ。
スサナルの神はこの世の大神様ぞ
はじめはであるなり、
(うご)いて月となり地と成ったのだぞ。
アはの神様なり、
 ワヤ◯は月の神様ぞ、
クニの神様はスサナルの神様ぞ。
このことはじめに心に入れれば掃除たわいないぞ、
グレンとは上下かえることと申してあろうがな、
言ってはならぬことぞ。
言わねばならぬことぞ。

記:1944年11月24日か25日

素佐(すさ)(なる)=根本を助け合う

 

日月の巻〜第29帖  →超訳

(ひと)()(ひと)()みことの世となるぞ。
神のこと言うよりみことないぞ。
物言うなよ。みこと言うのぞ。
みこと神だぞ。道ぞ。アぞ。世変わるぞ。
何もかもはげしく引き上げぞ、
(いくさ)も引き上げぞ。
役に不足申すでないぞ。
光食えよ。息だぞ。
素盞(すさ)(なる)(のみこと)まつりくれよ。
急ぐぞ。
うなばらとはこの国ぞ。

記:1944年11月25日

 

日月の巻〜第30帖  →超訳

淤能碁呂(おのころ)の国成り、この国に降りまして 天戸の()(はしら) 見立て(たま)いき。
ここに伊邪那岐(いざなぎ)(みこと) 伊邪那美(いざなみ)(みこと) 島生み(たま)いき。
初めに水蛭子(ひるこ)淡島(あわしま)、生み(たま)いき。
この御子、国のうちに隠れ(たま)いければ、
次にのりごちてのち生み(たま)える御子、
(あわ)道之穂之三(じのほのさ)別島(わけしま)伊予(いよ)(ふた)()(しま)
この島、()(ひめ)飯依(いいより)比古(ひこ)(おお)宣都比売(げつひめ)建依別(たてよりわけ)という。
次、隠岐(おき)(みつ)()(しま)(あめ)()(おし)許呂(ころ)(わけ)
次、(つく)()(しま)、この島、(しら)()(わけ)(とよ)()(わけ)(たけ)()(むかひ)(とよ)久土比泥(くついぬ)(わけ)(たけ)()(わけ)
次、伊伎(いき)(しま)(あめの)比登都(ひとつ)(はしら)
次、()(しま)(あめの)狭手(さて)(より)比売(ひめ)
次、佐渡(さど)(しま)
次、(おお)(やまと)(あき)()(しま)(あま)津御(つみ)空豊秋(そらとよあき)津根(つね)(わけ)
次、吉備之児(きびのこ)島建(しまたけ)()方別(かたわけ)
次、小豆(あづき)(しま)(おお)野手比売(ぬてひめ)
次、大島大(おおしまおお)多麻流(たまる)(わけ)
次、女島(ひめしま)天一(あめのひとつ)()
次、知詞(ちかの)(しま)(あめの)(おし)()
次、(ふた)()(しま)天両(あめふた)()()(しま)()(しま)()(しま)
合わせて十六島生み(たま)いき。
次にまた()(たま)いて、大島(おおしま)()(しま)、生み(たま)いき。
(あわ)()(しま)(ふた)()(しま)隠岐(おき)の島、(つく)()の島、壱岐(いき)の島、
()(しま)佐渡(さど)の島、()(やまと)(しま)()(しま)小豆(アヅキ)(シマ)
大島(オオシマ)女島(ヒメシマ)、なかの島、(ふた)()(しま)の十四島、島生み(たま)いき。
次に、()(ぶき)いぶきて、御子神生み(たま)いき。
大事忍男神(おおことおしおのかみ)大事忍男神(オオコトオシオノカミ)
石土(いしつち)毘古(ひこ)(のかみ)石土(イシツチ)毘古(ヒコ)(ノカミ)
(いし)巣比売(すひめ)(のかみ)(イシ)巣比売(スヒメ)(ノカミ)
(おお)戸日(とひ)(わけ)(のかみ)(オオ)戸日(トヒ)(ワケ)(ノカミ)
(あめの)吹男神(ふきおのかみ)(アメノ)吹男神(フキオノカミ)
(おお)屋毘古(やひこ)(のかみ)(オオ)屋毘古(ヤヒコ)(ノカミ)
(かさ)木津(けつ)(わけ)之男(のお)(のかみ)(カサ)木津(ケツ)(ワケ)之男(ノオ)(ノカミ)
海神(わたのかみ)海神(ワタノカミ)
大綿(おおわた)津見(つみ)(のかみ)(みな)戸之(との)(かみ)(ミナ)戸之(トノ)(カミ)
速秋(はやあき)津比(つひ)(のかみ)速秋(はやあき)津比売(つひめ)(のかみ)速秋(ハヤアキ)津比売(ツヒメ)(ノカミ)
風神(かぜのかみ)風神(カゼノカミ)
志那都比古(しなつひこ)(のかみ)木神(きのかみ)木神(キノカミ)
久久能智(くくのち)(のかみ)、山神(やまのかみ)山神(ヤマノカミ)
大山(おおやま)津見(つみ)(のかみ)野神(ぬのかみ)野神(ヌノカミ)
鹿屋野比売(かやぬひめ)(のかみ)()(つち)(のかみ)
(とり)()石楠船(いわくすつね)(のかみ)(あめの)鳥船(とりふね)(のかみ)
(おお)宣都比売(けつひめ)(のかみ)(オオ)宣都比売(ケツヒメ)(ノカミ)
火之夜芸(ひのやき)速男神(はやをのかみ)火之(ひの)(かが)比古(ひこ)(のかみ)生みましき。
速秋(はやあき)津日子(つひこ)速秋(はやあき)津比売(つひめ)
二柱の神 川海に()りもちわけ、ことわけて、生ませる神、
(あわ)那芸(なぎ)(のかみ)(あわ)那美(なみ)(のかみ)
(つら)那芸(なぎ)(のかみ)(つら)那美(なみ)(のかみ)
(あめ)()水分神(みくまりのかみ)(くに)()水分神(みくまりのかみ)
(あめ)()久比奢母智(くさひもち)(のかみ)(くに)()久比奢母智(くさひもち)(のかみ)
次に、大山(おおやま)津見(つみ)(のかみ)()(つち)(のかみ)の二柱神、
(やま)()()りもちわけて、ことあげて生みませる神、
(あめ)野狭(のさ)(つち)(のかみ)(くに)野狭(のさ)(つち)(のかみ)
(あめ)之狭(のさ)(きり)(のかみ)(くに)之狭(のさ)(きり)(のかみ)
(あめ)()(くら)()(のかみ)(くに)()(くら)()(のかみ)
(おお)()(まどひ)()(のかみ)(おお)()(まどひ)()(のかみ)
(オオ)()(マドヒ)()(ノカミ)(オオ)()(マドヒ)()(ノカミ)
生みましき、
伊邪那美(いざなみ)(のかみ) やみ(こや)しまして、
たぐりになりませる神、
金山(かなやま)比古(ひこ)(のかみ)金山(かなやま)比売(ひめ)(のかみ)
(くそ)に成りませる神、
波仁夜須比古(はにやすひこ)(のかみ)波仁夜須比売(はにやすひめ)(のかみ)
尿(ゆまり)に成りませる神、
弥都波能売(みつはのめ)(のかみ)和久産巣日(わくむすび)(のかみ)
この神の御子、(とよ)受気比売(うけひめ)(のかみ)と申す。
ここに伊邪那美(いざなみ)(のかみ)、火の神生み(たま)いて、
ひつちとなり成り(たま)いて、根の神の中の国に神去り(たま)いき。
ここに伊邪那美(いざなみ)(のかみ)泣き(たま)いければ、
その涙になりませる神、泣沢(なきさわ)()(のかみ)
ここに迦具(かぐ)(つち)(のかみ)()(たま)えば、その血 石にこびりて、
石析(いわさく)(のかみ)()(さく)(のかみ)
石筒(いわつつ)之男(のお)(のかみ)雍瓦(みか)(はや)()(のかみ)
()(はや)()(のかみ)建御雷大神(たけみかつちおのかみ)
(たけ)布都(ふつ)(のかみ)(とよ)布都(ふつ)(のかみ)
()(はかし)()(かみ)の血、
(くら)於加美(おかみ)(くら)御津羽(みつは)(のかみ)
ここに殺されし迦具(かぐ)(つち)()(かしら)に成りませる神、
(まさ)鹿山津見(かやつみ)(のかみ)
()(むね)於藤(おと)(やま)津見(つみ)(のかみ)
()(はら)奥山(おくやま)津見(つみ)(のかみ)
()(ほと)闇山(くらやま)津見(つみ)(のかみ)
左の御手(みて)志芸(しき)(やま)津見(つみ)(のかみ)
右の御手に()(やま)津見(つみ)(のかみ)
左の()(あし)原山(はらやま)津見(つみ)(のかみ)
右の御足に()(やま)津見(つみ)(のかみ)、成りましき。
ここに()(たま)える()(はかし)
(あめ)之尾羽(のおは)(ばり)伊都之尾羽(いづのおは)(ばり)という。
ここに(いも)恋しまし(たま)いて()の国に追い()(たま)いき。

記:1944年11月25日

重複しているカタカナルビの3島、18柱の重複は編集ミスではない

 

日月の巻〜第31帖  →超訳

一二(ひとふた)三四(みよ)五六七(いつむゆなな)()(ここの)十百(たりもも)()(よろず)

今度は千人万人力でないと手柄できんと申してあろうがな。
世界中総がかりで攻めて来るのだから、
一度はあるにあられんことになるのぞ。
大将だからとて油断できん。
富士の山動くまでには どんなことも(こら)えねばならんぞ。
(つら)いぞ。
どんなことあっても死に急ぐでないぞ。
今の大和魂と神の魂と違うところあるのだぞ。
その時その所によって、
どんなにも変化(かわ)るのが神の魂ぞ。
馬鹿正直ならんと申してあろ。
今日(きょう)あれし生命(いのち)勇む時来たぞ。

記:1944年11月26日

 

日月の巻〜第32帖  →超訳

表ばかり見ていては何もわかりはせんぞ。
月の神様(まつ)ってくれよ。
この世の罪穢(つみけが)()いて夜となく昼となく守り下さるスサナルの神様 (あつ)くまつりくれよ。
火あって水動くぞ。
水あって火燃えるぞ。
火と水と申しておいたが、
その外に隠れた火と水あるぞ。
それを一二三というぞ、
一二三とは一二三とうことぞ、
(こと)()ぞ、言霊(ことだま)ぞ、(はら)いぞ、ぞ。
スサナルの仕組みぞ。
成り成る言葉ぞ、
今の三位一体は三位三体ぞ。
一(ひ)と現れて二三(ふみ)隠れよ。
月とスサナルの神様の御恩忘れるでないぞ。
(おん)(はたら)き近づいたぞ。

記:1944年11月27日

 

日月の巻〜第33帖  →超訳

宝の山に寄せ来ると申して くどく気つけておいたではないか。
神の国にはどんな宝でもあるのだぞ、
 ゝ◯の国、昔から宝埋めておいたと申してあろうがな。
◯の国にも埋めておいてあるのだぞ。
この宝は神が許さねば誰にも自由にはさせないのだぞ。
悪が宝取ろうと思ったとて、
どんなに国に渡って来ても、
どうにもならんように神が守っているのだぞ。
いよいよとなったら神がまことの神力出して宝取り出して
世界のどんな悪神も神の国には敵わんと申すところまで、
とことん心から降参するところまで、
今度は(いくさ)するのだから臣民(しんみん)よほど見当取れんことに、
どんな苦労も(こら)えなければならんのだぞ。
知らせてあったこと、
日々(にちにち)どしどしと出て来るぞ。
我よし捨ててくれよ。

記:1944年11月28日

 ゝ◯の国=日本(含台湾)、◯の国=外国

 

日月の巻〜第34帖  →超訳

この神示(ふで)よく読みてくれよ。
早合点してはならんぞ。
取り違いが一番怖いぞ。
どうしたらお国に為めになるのか、
自分はどうしたらよいのかと取次ぎに聞く人たくさん出て来るなれど、
この神示(ふで)読めば、どうしたらよいかわかるのだぞ。
その人相当に取れるのぞ。
神示(ふで)読んで読んで腹に入れて もうわからぬということないのだぞ。
わからねば神知らせると申してあろうがな。
迷うのは神示(ふで)読まぬからぞ。
腹に入れておらぬからぞ。
人が悪く思えたり、悪く映るのは己が曇っているからぞ。

記:1944年11月29日

 

日月の巻〜第35帖  →超訳

元からの神示(ふで) 腹に入れた人が、
これから来る人によく話してやるのだぞ。
この道はじめは辛いなれど楽の道ぞ。
骨折らいでも素直にさえして その日その日の仕事しておって下されよ。
心配いらん道ぞ。
手柄立てようと思うなよ。
勝とうと思うなよ。
生きるも死ぬも神の心のままだぞ。
どこにどんなことしていても助ける人は助けるのだぞ。
神の御用ある臣民(しんみん) 安心して仕事致しておって下されよ。
火降っても(やり)降ってもびくともせんぞ。
心安心ぞ。
くよくよするでないぞ。
神に頼って神(まつ)りてまつわりておれよ。
神救うぞ。

記:1944年11月29日

 

日月の巻〜第36帖  →超訳

今の臣民(しんみん)見て()めるようなことは皆奥知れているぞ。
これが善である、まことのやり方ぞと思っていること九分九厘までは皆悪のやり方ぞ。
今の世のやり方、見ればわかるであろうが、
上の番頭殿 悪い政治すると思ってやっているのではないぞ。
番頭殿を悪く申すのでないぞ。
よい政治しようと思ってやっているのぞ。
よいと思うことに精出しているのだが、
善だと思うことが善でなく、皆悪だから、
神の道がわからんから、()(たま)曇っているから、
臣民(しんみん)困るような政治になるのぞ。
まつりごとせねばならんぞ。
わからんことも神の申す通りすれば 自分ではわからんことも良くなって行くのだぞ。
悪と思っていることに善がたくさんあるのだぞ。
(さば)くのは神(さば)くことだぞ。
(こわ)いから改心するようなことでは、
(いくさ)がどうなるかと申す様なことでは まことの民ではないぞ。
世がいよいよのとことんとなったから、
今に大神様まで悪く申す者出て来るぞ。
産土(うぶすな)様なんぞあるものかと、
悪神ばかりぞと申す者たくさん出て来るぞ。
この世始まってない時だから我が身我が家が可愛いようでは神の御用つとまらんぞ。
神の御用すれば、道に従えば、
我が身我が家は心配なくなるという道理わからんか。
何もかも結構なことに楽にしてやるのだから、
心配せずにわからんことも素直に言うこと聞いてくれよ。
子に嘘吐く親はいないのだぞ。
神界のこと知らん臣民(しんみん)は色々と申して理屈の悪魔に(とら)われて申すが、
今度のいよいよの仕組みは臣民(しんみん)の知ったことではないぞ。
神界の神々様にもわからん仕組みだから、
とやかく申さずと、神の神示(ふで) 腹に入れて()(たま)磨いて素直に聞いてくれよ。
それが第一等だぞ。
この神示(ふで)は世に出ている人では解けん。
苦労に苦労した落ちぶれた人で、
苦労に負けない人で()(ちが)いと言われ、
阿呆(あほ)と言われても、
神の道 素直に聞く臣民(しんみん)でないと解けんぞ。
解いてよく噛み砕いて世に出ている人に知らせてやって下されよ。
苦労喜ぶ心より楽喜ぶ心高いぞ。

記:1944年11月29日

番頭の取り違い=池田勇人が良い例
大蔵官僚時代は、省内教育の「税を多く取れば国が豊かになる」を強く信じてたが、
政治家になって間違いに気づき、その後、戦後復興と高度経済成長を実現させる。
今の財務省も官僚時代の池田同様、自分たちの間違いが不況と戦争を招くと気づいてない?

 

日月の巻〜第37帖  →超訳

天にも あまてらすすめ大神様、
あまてらす大神様あるように、
地にも あまてらすすめ大神様、
あまてらす大神様あるのだぞ。
地にも月読(つきよみ)の大神様 隠れてござるのだぞ。
素盞(すさ)(なる)の大神様 罪穢(つみけが)(はら)いて隠れてござるのだぞ。
結構な尊い神様の(おん)(はたら)きで、
何不自由なく暮らしておりながら、
その神様あることさえ知らぬ臣民(しんみん)ばかり。
これでこの世が治まると思うのか。
神々まつりて神々にまつわりて神国のまつりごと致してくれよ。
詰まらぬこと申していると いよいよ詰まらぬことになって来るぞ。

記:1944年11月30日

 

日月の巻〜第38帖  →超訳

大きアジアの国々や、島々八十(やそ)の人々と、
手握り合い神国の、光り輝く時来しと、皆喜びて三千年、
神の()(わざ)の時来しと、思える時ぞ神国の、まこと危うき時なるぞ、
夜半に嵐のどっと吹く、どうすることもなくなくに、
手足縛られ縄つけて、神の御子等を連れ去られ、後には老人(としより)不具者(かたわ)のみ、
女子供もひと時は、神の御子(みこ)たる人々は、いよいよ暗い臭い屋に、
暮らさねばならん時来るぞ、
宮は潰され()(ふみ)皆、火にかけられて灰となる、
この世の終わり近づきぬ。
この神示(ふで)心に入れてくれと、申してあることわかる時、
いよいよ間近になったぞよ。
出掛けた船ぞ、(ふんどし)締めよ。

記:1944年11月30日

 

日月の巻〜第39帖  →超訳

喜べば喜ぶことできるぞ、
悔やめば悔やむことできるぞ。
先の取り越し苦労は()らんぞ、
(こころ)(くば)りは()るぞと申してあろうがな。
神が道つけて楽に行けるように(うれ)(うれ)しでどんな(いくさ)も切り抜けるようにしてあるのに、
臣民(しんみん) 逃げて眼(ふさ)いで、
(ふところ)()しているから苦しむのぞ。
我よしと言う悪魔と学が邪魔していることに まだ気づかぬか。
(いれ)(うれ)しで暮らせるのだぞ。
日本の臣民(しんみん)は何事も見え()()(たま)(さず)けてあるのだぞ、
神の御子(みこ)だぞ。
掃除すれば何事もハッキリと映るのぞ。
早くわからねば口惜(くや)しいことできるぞ。
言葉とこの神示(ふで)と心と行と時の動きと五つそろったら(まこと)の神の御子(みこ)ぞ。

記:1944年11月30日

 

日月の巻〜第40帖  →超訳

ここに伊邪那美(いざなみ)(みこと) 語らいつらく、
あれみましと作れる国、
いまだ作り終えねど、時待ちて作るえに、
よいよ待ちてよと()(たま)いき。
ここに伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)、みまし作らはねば吾と作らめ、と()(たま)いて、帰らんと申しき。
ここに伊邪那美(いざなみ)(みこと) 九(こ)聞き(たま)いて、
()(かしら)(おお)(いかつち)、オホイカツチ、
胸に()(いかつち)、ホノイカツチ、
()(はら)には(くろ)(いかつち)(クロ)(イカツチ)
かくれに(さく)(いかつち)、サクイカツチ、
左の御手に(わき)(いかつち)、ワキヰカツチ、
右の御手に土雷、ツチイカツチ、
左の御足に(なる)(いかつち)、ナルイカツチ、
右の御足に(ふし)(いかつち)、フシヰカツチ、
なり(たま)いき。
伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)是見(こみ)
(かしこ)みてとく帰り(たま)えば、
(いも)伊邪那美(いざなみ)(みこと)は、
よもつしこめを追わしめき、
ここに伊邪那岐(いざなぎ)(みこと) 黒髪かつら取り、
また湯津々間(ゆつつま)(ぐし)引きかきて、
投げ()(たま)いき。
伊邪那美(いざなみ)(みこと) 二(次)の八(や)くさの(いかつち)(かみ)
黄泉(よもつ)(いくさ) ()えて追い(たま)いき。
ここに伊邪那岐(いざなぎ)(みこと) 十挙(とつか)(つるぎ)抜きて
(しりへ)()にふきつつ去り、
三度 黄泉(よもつ)比良(ひら)(さか)の坂本に到り(たま)いき。
坂本なる桃の実一二三(ひふみ)取りて待ち受け(たま)いしかば、
ことごとに逃げ(たま)いき。
ここに伊邪那岐(いざなぎ)(みこと) 桃の実に()(たま)わく、
(みまし)吾助けしごとく、
あらゆる青人草の(うき)()に悩むことあらば、
助けてよと()(たま)いて、
また葦原(あしはら)の中津国にあらゆる、
うつしき青人草の(うき)()に落ちて苦しまん時に助けてよと()(たま)いて、
おおかむつみの(みこと)、オホカムツミの(みこと)と名づけ(たま)いき。
ここに伊邪那美(いざなみ)(みこと) 息吹(いぶ)(たま)いて
()引岩(びきいわ)黄泉(よもつ)比良(ひら)(さか)に引き()えて、
その石 中にして合い向かい立たして (つつ)しみ申し(たま)いつらく、
うつくしき()那勢(なせ)(みこと)
時廻り来る時あれば、この千引きの磐戸、
共にあけなんと()(たま)えり、
ここに伊邪那岐(いざなぎ)(みこと)しかよけむと()(たま)いき。
ここに(いも)伊邪那美(いざなみ)(みこと)
(みまし)の国の人草、
日に()人死(ひとまけ)と申し(たま)いき。
伊邪那岐(いざなぎ)(みこと) ()(たま)はく、
吾は(ひと)()千五百(ちいも)生まなむと申し(たま)いき。

この巻二つ合わせて日月の巻とせよ。

記:1944年11月30日