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    青葉の巻(全文)

 

青葉の巻〜第1帖  →超訳

音秘会(おとひめかい)には別に神(まつ)らないでもよいぞ、
光の大神 (いつ)(まつ)り結構致してくれよ、
皆に音秘会(おとひめかい)の分け(みたま)授けとらすぞ。
お守り、授けとらすぞ、
光の大神様の信者には御神名授けとらせよ、
役員には御神石まつりくれよ、
光の大神様の日々の()(きゅう)()には(とう)のカワラケにて(そな)えまつれよ。
役員七つに分けよ、
大道師、権大道師、中道師、権中道師、小道師、権小道師、参道の七段階ぞ、
中道師から上は神人共だぞ。
世界の民の会は三千世界に拝み合うのだぞ、
何事も神まつり第一だと申してあろうがな。
大き器持ちてござれよ、
小さい心では見当取れんことになるぞ。
慢心取り違いポキンぞ。
ミタマいつでも変わるのだぞ、
次々に偉い人出て来るから神示(ふで)よく読んでグングン(おこな)って進めよ、
(おこな)う所 神現れるぞ、光の道 弥栄(いやさか)ぞ、なせばなるのだぞ、
人民どんどん(おこな)わなならんのだぞ、
この神示(ふで)から、ひかり教会から世に出せよ、
この巻「青葉の巻」前の巻は「空の巻」とせよ。

記:1947年4月26日

 

青葉の巻〜第2帖  →超訳

玉串として自分の肉体の清いところ(そな)(たてまつ)れよ、
髪を切って息吹(いぶ)きて(はら)いて紙に包んで(そな)えまつれよ、
玉串は自分(ささ)げるのだと申してあろうがな。
(そな)えの始めはムとせよ、ムはウだぞ、
(まこと)のキ(そな)えるのだぞ、
(もち)は三つ重ねよ、
天地人一体だと申してあろうがな。
御神前ばかり清めても(まこと)成就せんぞ、
家の中 皆 御神前ぞ、国中 皆 御神前だぞ、
わかったか。
夜寝る前に守護神の弥栄(いやさか)ほめよ、
(いた)らざる自分()いよ、
修業できた信者の守りの神 道場に(まつ)れよ、
万霊道場に(まつ)れよ、
役員の守りの神は本部に(まつ)れよ、
神々様本部に(まつ)れよ。
外国とは幽界のことぞ、
外国と手握るとは幽界と手握ることだぞよ。

記:1947年5月12日

 

青葉の巻〜第3帖  →超訳

ひかり教会の教旨 書き知らすぞ、
人民その時、所に通用するようにして説いて知らせよ。

教旨

(てん)地不二(ちふじ)神人合一(しんじんごういつ)
(あま)(つち)なり、
(つち)(あま)なり、
不二(ふじ)なり、アメツチなり、
神は人なり、人は神なり、一体なり。
神、幽、現、を通じ、過、現、未を一貫して神と人との大和合、
霊界と現界との大和合をなし、
現、幽、神、一体大和楽の光の国実現をもって教旨とせよ。


次に信者の実践のこと書き知らすぞ。

三大実践主義

 弥栄実践(いやさかじっせん)
(はら)実践(じっせん)
 ゝ(まつり)実践(じっせん)


大宇宙の弥栄(いやさか)生成化育は寸時も休むことなく進められているのだぞ、
弥栄(いやさか)が神の御意志だぞ、
神の働きだぞ、
弥栄(いやさか)は実践だぞ。
人としては その刹那刹那に弥栄(いやさか)を思い、
弥栄(いやさか)を実践して行かねばならんのだぞ。
 宇宙のすべてはゝ◯となっているのだぞ、
どんな大きな世界でも、どんな小さい世界でも、
ことごとく中心に統一せられているのだぞ。
マツリせる者を善といい、
それに反する者を悪というのだぞ、
人々のことごとマツリ合わすはもとより、
神、幽、現、の大和実践して行かねばならんのだぞ。
天地(あめつち)大祓(おおはら)いと呼応して国の潔斎(けっさい)、人の潔斎(けっさい)
(はら)(きよ)めせねばならんのだぞ、
与えられた使命を果すには潔斎(けっさい)せねばならんのだぞ。
かえりみる、はじる、くゆる、おそる、さとる、の五つのはたらきを正しく発揮して、
みそぎ(はら)いを実践せねばならんのであるぞ。
役員よきにして今の世に、よきように説いて聞かして、
まず七七、四十九人、三百四十三人、二千四百〇一人の信者早うつくれよ。
信者は光ぞ、
それができたら足場できるのだぞ。
産土(うぶすな)の神様(まつ)ったら、信者できたら、
国魂(くにたま)の神様(まつ)れよ、
次に大国魂の神様(まつ)れよ、
世光来るぞ。

記:1947年5月12日

七、四九(49=72)、三四三(343=73)、二四〇一(2401=74)

 

青葉の巻〜第4帖  →超訳

三千(みち)(とし)不二(ふじ)は晴れたり、言答(いわと)あけたり。
実地だぞ、遣り直しできんのだぞ。
早う足場つくれと申してあろうがな、
三千の足場つくったら神の光出ると申してあろうがな、
足場つくれよ、
アジア足場ぞ。
足場なくては何もできん道理 人間にもわかろうがな、
何より足場第一だぞ、
世界の民の会二人でやれよ、一人でしてはならんぞ、
くどく気つけあろうがな。
あなさやけ、あなすがすがし。

記:1947年6月10日

 

青葉の巻〜第5帖  →超訳

仕事、()(ごと)と申してあろうがな、
仕事マツリだぞ、
自分の仕事おろそかならんのだぞ、
仕事せよ、仕事仕えまつれと申してあろうが、
ひかり教会の本部 元へ移してもよいぞ、
天明(てんめい)表へ出てもよいぞ。
いよいよぞ、
皆に早う伝えてくれよ、
マツリ結構。

記:1947年7月31日

 

青葉の巻〜第6帖  →超訳

変な人が表に出るぞ、出たら気づけよ。
この道開くには(まこと)じゃ、(まこと)とは()(ごと)じゃ、
仕事じゃ、まつりじゃ、あなないじゃ、〆松じゃ、むすびじゃ。
分け(へだ)ては人間心、何が何だかわからんうちに時節めぐって元に返るぞ、
神に分け(へだ)てなし、皆一様にするぞ、
(かげ)やるぞ、(やまい)治してやるぞ、
小さいこと、大きいこと、皆それぞれに御役勇んで仕えまつれよ。
分け(へだ)てということなく一致和合して神に仕えまつれよ、
和合せねば(まこと)のおかげないぞ。
まず自分と自分と和合せよ、
それが和合の第一歩、アメツチ心じゃぞ、
すべてはそこから生まれ来るものなのぞ。
八月ぐらぐら。

記:1947年8月2日

 

青葉の巻〜第7帖  →超訳

嫌なことは我が血統に致さすなり、
他人傷つけてはならんなり、
ひふみにも二十(ふとまに)、五十(いつら)、
いろはにも二十(ふとまに)、五十(いつら)、
よく心得なされよ。
何かのことひふみ、いろはでやり変えるのじゃ、
時節めぐりて上も下も花咲くのじゃぞ。
誰によらず改心しなければならんぞ、
この方さえ改心致したお(かげ)で今度の(おん)(はたら)きできるのじゃ、
同じこと二度くり返す仕組みだぞ、
このことよく腹に入れておいて下されよ。
同じこと二度、
この神示(ふで) 神と仏の神示(ふで)。

記:1947年8月2日

 

青葉の巻〜第8帖  →超訳

時節には従って下されよ、
逆らわず、後の立つよう致されよ、
後のやり方、神示(ふで)で知らせてあろうがな。
国々所々によって同じ集団(まどい)いくらでもつくりあるのじゃ、
いずれも()折って一つに集まる仕組みじゃ、
(てん)()禁物、
いずれもそれぞれに尊い仕組みぞ、
またとない集団(まどい)だぞ。
神の心告げる手だても各々違うのじゃ、
心大きく早う洗濯致されよ、
とらわれるなよ、とらわれると悪となるぞ。
一旦治るなれど、後はコンニャクじゃ、
わからん仕組み、わからなならんのじゃぞ、
悪とは(われ)よしのこと。

記:1947年8月2日

 

青葉の巻〜第9帖  →超訳

苦労致さねば(まこと)わからんなり、
人民という者は苦に弱いから、
中々にお(かげ)のやりようないぞよ、
欲出すから、心曇るから、
我よしになるから中々に改心できんなり、
難しいぞよ。
慾さっぱり捨てて下されよ、
慾出るとわからなくなるぞ。
大地の神の声 誰も知るまいがな、
(だま)って静かにまつりて清めて、育てているのだぞ、
何もかも大地に返るのだぞ、
親の(ふところ)に返るのだぞ。
次々に不思議出て来るぞ、
不思議なくなったら神の国、ミロクの国となるのじゃ。

記:1947年8月3日

 

青葉の巻〜第10帖  →超訳

よき神にはよき御用、悪き神には悪き御用、
自分で自分がつとめあげるのじゃ、
人になんと言われても腹の立つようでは御用難しいぞ、
腹立つのは慢心じゃと申してあろうがな。
仕組み途中でグレンと変わり、
カラリと変わる仕組みしてあるのじゃ、
そこに一厘の仕組み、火水の仕組み、富士と鳴門の仕組み、
結構結構大切致してあるのじゃ。
仕組み変わり変わりて人民にはわからんなり、
善き世と致すのじゃ、
いくら智あっても人間心ではできん仕組みぞ、
智捨てて神にすがりて来ねばわからん仕組みじゃ、
と言って人間世界は人間の智要るのじゃ、
智でない智を神が与えるぞ、
神人共にと申してあろうがな、
つとめ上げたら他にない結構な御用。

記:1947年8月3日

 

青葉の巻〜第11帖  →超訳

世界一目に見えるとは世界一度に見える心に鏡(みが)いて掃除せよということじゃ、
掃除結構ぞ。
善と悪と取り違い申しておろうがな、
悪も善もないと申してあろうがな、
和すが善だぞ、乱すが悪だぞ、
働くには乱すこともあるぞ、
働かねば育てては行けんなり、
気ゆるんだらすぐ後戻りとなるぞ、
坂に車のたとえぞと申してあろうがな、
苦しむ時は苦しめよ、苦の花咲くぞ。
世は七度の大変わり、
変わる代かけて変わらぬは、(まこと)一つの()の花ぞ、
()の花咲くは二三(ふみ)の山、
二二(ふじ)は神山神住むところ、
やがて世界の真ん中ぞ。

記:1947年8月4日

 

青葉の巻〜第12帖  →超訳

御神示(おふで)通りにすれば、神の言うこと聞けば、
神が守るから人民の目からは危ないように見えるなれど、
やがては結構になるのだぞ、
疑うから途中からガラリと変わるのだぞ。
折角縁あって来た人民じゃ、神はお(かげ)やりたくてうづうづだぞ、
手を出せばすぐ取れるのに なぜ手を出さんのじゃ、
大き器持ちて来んのじゃ。
神示(ふで)聞きておると()(たま)太るぞ、()(たま)磨けるぞ。
下にいて働けよ、下で土台となれよ。
ここは始めて来た人には見当取れんようになっているのじゃ、
人の悪口 この方聞きとうないぞ、
まして神の悪口。

記:1947年8月4日

 

青葉の巻〜第13帖  →超訳

同じ名の神二つあると申してあろう、
同じ悪にも亦二つあるのじゃ、
このこと神界の火水ぞ、
このことわかると仕組み段々解けて来るのだぞ、鍵だぞ。
七人に伝えよ、と申してあろう、
始めの七人大切だぞ、
今度はしくじられんのだぞ、
神の仕組み 間違いないなれど、
人民しくじると、しくじった人民 可哀想だから、
くどく申しつけてあるのだぞ、
よう分けて聞き取りて折角のエニシと時を外すでないぞ、
世界中のことだから、
いくらでも替え()(たま)
代わりの集団(まどい)作りてあるのだぞ、
尊い()(たま)と、尊い血統、忘れるでないぞ。
型は気の毒ながらこの中から。

記:1947年8月4日

 

青葉の巻〜第14帖  →超訳

今の世は頭と尻尾(しっぽ)ばかり、肝腎(かんじん)の胴体ないから力出ないぞ。
従うところへは従わなならんのだぞ、と申してあろう、
時節に従って負けて勝つのだぞ、負けが勝ちぞ、わかったか。
()びすれば誰によらん、許してよき方に廻してやるぞ、
口先ばかりでなく心からのお()び結構いたしてくれよ。
ダマシタ岩戸からはダマシタ神お出ましぞ、と申してくどう知らせてあろうがな、
ダマシて無理に引っ張り出して無理するのが無理ぞと申すのぞ、
無理はヤミとなるのだぞ、
それでウソの世ヤミの世となって、
続いてこの世の苦しみとなって来たのだぞ、
こうなることは この世の始めからわかっていての仕組み、
心配せずに、この方に任せておけ、任せおけ。

記:1947年8月4日

 

青葉の巻〜第15帖  →超訳

世の建て替えと申すのは、
()(たま)の建て替えだから取り違いせんよう致されよ、
ミタマとは身と(たま)であるぞ、
今の学ある人民 ミばかりで建て替えするつもりでいるから、
タマがわからんから、
いくらあせっても汗流しても建て替えできんのだぞ。
天地(あめつち)(とき)来ていることは大方の人民にはわかっておりて、
さあ建て替えじゃと申しても、肝腎のタマがわからんから成就せんのだぞ。
神示(ふで)読んでタマ早う掃除せよ、
世界から見るから日本が日本ぞ、
もう一つ上の世界から見れば世界は日本ぞ、
神国だぞ、
今までは大地の先祖の大神様の血統を落としてしまって
途中からの代わりの神でありたから、
まぜこぜしたから世が乱れに乱れてしもうたのじゃぞ、
知らせてあろうがな、
よく納得してくれよ、
人民 皆その通りになっているのじゃ。

記:1947年8月4日

 

青葉の巻〜第16帖  →超訳

日の大神様は日の(おん)(はたら)き、
月の大神様は月の(おん)(はたら)き、
日の大神様も世の末となって来て御神力うすくなりなされているのだぞ、
日の大神様も二つ、三つ、
自分一人の力では何事もこれからは成就せんぞ、
心得なされよ、
神示(ふで)で知らせただけで得心して改心できれば大難は小難となるのじゃ、
やらねばならん、
(いくさ)は碁、将棋、くらいの(いくさ)ですむのじゃ、
人民の心次第、(おこな)い次第で空まで変わると申してあろがな、
この道理よく心得なさりて、
神の申すことわからんでも、
無理と思うことも貫きて下されよ、
それがマコトじゃ。

記:1947年8月5日

 

青葉の巻〜第17帖  →超訳

悪く言われるとめぐり取ってもらえるぞ、
悪く言うとめぐりつくるのじゃ、
今度の建て替えは人間智恵の建て替えとは大分違う大層だぞ、
見当とれんのだぞ、
日の神ばかりでは世は持ちては行かれんなり、
月の神ばかりでもならず、
そこで月の神、日の神が御一体となりなされて「ミロク」様となりなされるなり、
日月の神と現れなさるなり。
「みろく」様が日月の大神様なり、
日月の大神様が「みろく」の大神様なり、
千(地)の御先祖様、九二の御先祖様と御一体となりなされて大日月の大神様と現れなさるなり、
旧九月八日からは大日月の大神様と(おろが)みまつれよ。

記:1947年8月5日

 

青葉の巻〜第18帖  →超訳

改心とはアホになることだぞ、
世界中のアホ中々じゃ、
中々アホになれまいがな。
世界中の人民に言って聞かして改心さすのではキリがないから
大変を致さなならんのだぞ。
難しいこと申しているが平たく説かねばわからんぞ、
世界の説教をよく聞いてくれよ、
天の教え、地の導き、よく耳すまして聞き取れよ、
神の心 段々にわかりて来るぞ。
この者は見込みないとなったら物言わんぞ、
もの聞けんようになったら、
神示(ふで)(いや)になったら その守護神 可哀想になるのだぞ、
見込みなくなれば神は何も申さんぞ、
今のうちに神示(ふで)(はら)に入れよ。

記:1947年8月5日

 

青葉の巻〜第19帖  →超訳

このたびの岩戸開きに御用に立つ()(たま)ばかり
()り抜きて集めて(ぎょう)させて御用に使うのであるから、
他の教会とは天地の違いであるぞ、
今度は人民の心の底まで改めて一々始末せねばならんなり、
誰によらん、今までのようなゼイタクやめて下されよ。
せねばするようせなならんなり、
世界のハラワタ腐り切っておるのであるから いよいよを致さねばならんなり、
いよいよをすれば人民いよいよとなるから、
神がくどう気つけているのだぞ。
ここへは善と悪とどんな()(たま)も引き寄せてコネ廻し練り直すところであるから、
チットモ気(ゆる)しならんところであるぞ。
ここの仕組みは天の仕組みと地の仕組みと、
 カミとなりホトケとなり結びゝ◯(神)と和し雲と(あらわ)れ動き、
鳴り成りてマコトの世「みろく」の代と致して、
この世を神の国と致す仕組みじゃ。
今までは天の神ばかり(とうと)んで上ばかり見ていたから、
今度は地は地の神の世と致すのじゃ、
天の神は地ではお手伝いだと申してあろうが、
下見て暮らせ、足元に気つけと申してあろうが、
皆 地の神(とうと)(いつ)(まつ)りて弥栄(いやさか)ましませ。
天の教えばかりではならず、地の教えばかりでもならず、
今まではどちらかであったから、時が来なかったから、
マコトがマコトと成らず、
いづれもカタワとなっていたのだぞ、
カタワ悪ぞ、
今度上下そろって夫婦和して、
天と地と御三体まつりてあなないて、
末代の生きた教えと光り輝くのだぞ。

記:1947年8月9日

あななう=融合する、統合する

 

青葉の巻〜第20帖  →超訳

(おのれ)の心見よ、(いくさ)まだまだであろが、
違う心があるから違うものが生まれて違うことになる道理わからんのかなあ。
世界のいよいよのメグリが出て来るのはこれからであるぞ、
九月八日の()の仕組み近づいたぞ。
人民は早合点、我よしで神示(ふで)読むから皆心が出てしまって、
(まこと)知らせたこと毒とならんよう気つけおくぞ。
薬飲んで毒死せんように気つけよ。
今は世間では何事もわからんから、疑うのも無理ないなれど、
神の仕組みは何事もキチリキチリと間違いないのだぞ。
宗教連合会も世界連合も(やぶ)れてしまうと申してあろうがな、
作った神や神の許しな無きものは皆メチャメチャじゃ、
三千世界に手握る時と知らずに、
T(た)の世界、も十(もと)の世界を知らんからそうなるのじゃ、
火火の世界、火火の人、水水の世界、水水の人、と交通できるのじゃ、
人といっても人間ではないぞ、ヒトカミだぞ、
手握って三千世界に天晴れじゃ、
この道 神の道じゃ、光の道じゃ、教えじゃ、
悪と悪と、善と善と、悪と善と、善と悪と握る手 持ちてござれよ、
心持ちてござれよ、
びっくり(うれ)し箱あくぞ。

記:1947年8月10日

 

青葉の巻〜第21帖  →超訳

神が引き寄せるからと申して(ふところ)()していては道は(ひろ)まらんぞ、
弥栄(いやさか)とは次々に限りなく喜びを増やして養って行くことだぞ、
喜びとはお互いに仲良くすることぞ、
喜びは生きものぞ、形あるものぞ、色あるものぞ、声あるものぞ、
わかりたか。
教会つくれと申しても今までの様な教会ではならんぞ、
今までの教会も元はよいのであるぞ、
いずれも取次ぎ役員がワヤに致したのじゃ、
神の心から離れて人間心となったからじゃ、
神の動きは、アヤワ㋳㋻だと申してあろうが、
それをヤワ㋳㋻となしワ㋳㋻と致し、
㋳㋻となし㋻㋳にしてわからんことに致したのじゃ、
タマなくなって その上に上下、
下ひっくり返っていると申してあろうがな、
わかりたか。

記:1947年8月11日

 

青葉の巻〜第22帖  →超訳

己の知ではわからん、
大神様とアベコベのこと考えていては逆さまばかりじゃ、
神示(ふで)よく読んで(まこと)の仕組み(つか)(たてまつ)れよ。
壁に耳あり、天井に目あり、
道は一筋と申してあろう、
人民という者はアレコレとたくさんに目に見せては迷うものだから、
一つずつ目にもの見せて目標作って、
それで引っ張ってやりて下されよ、
一度にたくさん見せたり教えたりしては迷い生むばかりじゃ、
役員殿 気つけてくれよ。
この道開けてくると敵が段々多くなって来るぞ、
(てき)結構ぞ、敵(とうと)べよ。
敵に親切にせよ、
いずれも神の働きぞ、
敵も御役、悪も御役ぞ、
敵増えて来ると力出て来るぞ、
神の仕組み一切り。

記:1947年8月11日

 

青葉の巻〜第23帖  →超訳

かねて見してある弥栄祈願(やさかきがん)せよ、
やさかきがん、やさかきがん、やさかきがん、
やさ()()ん、やさ()()ん、
火と水の御恩、弥栄(やさか)きがん、やさかのまつりぞ、
やさかまつりの()(けつ)()(みつ)は知らしてあろう。
神示(ふで)よく読めよ。
これからの神示(ふで)は「ひふみ」と申せよ。
弥栄(いやさか)弥栄(いやさか)
世はひらきつづき、生まれ出で成るの道、
月神はらみ、日神(むつ)びなりて、
一二三(ひふみ)息吹(いぶ)く神々の世、勇む大道ぞ。
神むすび、和し、正して成り、
月神むすび、和し、ひらき出づ、
月日なりてむすび、和し、正しき道みつ、
日、月、地、神、一体となりて(ひら)き、
はたらき、無と現れ、愛と(ひら)きにひらき、
勇みに勇む、中心より出づるもの、
ひらきにひらき結び、一二三と弥栄(いやさか)ゆ。
中心出づ世、
世は足り足りて()月地(つきくに)一二三四五六七八(ひふみよいむなや)(ここの)十百(たりもも)()(よろず)
はじめなきはじめ。
青葉の巻これまで

記:1947年8月12日