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    黄金の巻(全文)

 

黄金の巻〜第1帖  →超訳

元の元の元の神は何も彼も終わっているのであるぞ。
終わりなく始めなく弥栄(いやさか)えているのぞ。
友つくれよ、友つくることは己つくることぞ。
広めることぞ。
己を友の心の中に入れることぞ。
(われ)の目的たてに来ているぞ。
それでは思惑たたんぞ。
御光が愛ぞ。真ぞ。愛はマぞ。真は言ぞ。
これを(まこと)というぞ。
(まこと)は生きているぞ。
三千世界の生命(いのち)ぞ。
和つくれ。和はむすびぞ。何もかも生まれるぞ。息するぞ。
自分で勝手にしておいて親神を(うら)んでいるぞ。
この巻から人民の道しるべであるぞ。
近いことから知らすぞ。
この神示(ふで)出たら、すぐ血としておいて下されよ。
そなたの(ため)であるぞ。
そなたの(ため)は人の(ため)、世の(ため)、三千世界の(ため)であるぞ。
この巻 黄金の巻。
心の眼ひらけよ。

記:1949年11月17日

 

黄金の巻〜第2帖  →超訳

日本が日本がと、まだ小さい島国日本に(とら)われているぞ。
世界の日本と口で申しているが、生きかえるもの八分ぞ。
八分の中の八分は また生きかえるぞ。
生きかえっても日本に(とら)われるぞ。
おわりの仕組みはみのおわり。
骨なし日本を、まだ日本と思って目さめん。
九十九十(ことこと)と申してカラスになっているぞ。
古いことばかり守っているぞ。
古いことが新しいことと思っているなれど、
新しいことが古いのであるぞ。
取り違い致すなよ。
【神は生命(いのち)ぞ】。
秩序ぞ。秩序は法則ぞ。
()せよ。行ぜよ。考えよ。
考えたらよいのじゃ。
()すには先ず求めよ。
神を求めよ。
己に求めよ。
求めて、理解した後 ()せ。
()して(かえり)みよ。
神の生命(いのち)そこに弥栄(いやさか)えるぞ。
今までの日本の宗教は日本だけの宗教、
このたびは世界のもとの、三千世界の大道ぞ。
教えでないぞ。
八分の二分はマコトの日本人じゃ。
日本人とは世界の民のことじゃ。
一度日本捨てよ。日本がつかめるぞ。
日本つかむことは三千世界をつかむことぞ。
悪の大将も、そのことよく知っていて、
天地デングリ返るのじゃ。
物の食べ方に気つけよ。
皆の者、物ばかり食べてござるぞ。
二分の人民、結構に生きて下されよ。
喜び神ぞ。

記:1949年11月17日

 

黄金の巻〜第3帖  →超訳

神は神の中に、宇宙を生み(たも)うたのであるぞ。
善の祈りには善、悪の祈りには悪、
祈りの通りに何もかも出て来ること、まだわからんか。
時節には時節のことと申してあろう。

記:1949年11月17日

 

黄金の巻〜第4帖  →超訳

これだけに、世界に(アラ)事をさせて見せて、
神示(ふで)通りに出て来ても、まだ目醒(めざ)めんのか。
まだまだ改心中々じゃなぁ。
悔い改めよ。
(かえり)みよ。
恥じ(おそ)れよ。
(つつし)めよ。
その日その時から良くなるぞ。
人間には神は知れんものぞ。
神のはたらきのみ、やっと知れるぞ。
神の(はたら)きは千変万化、
(はたら)き見て神そのものと思うは人間心。
この神示(ふで)、針の穴ほども違わん。
書かせたこと そのまま出て来るぞ。
神は人となりたいのじゃ。
人は神となりたいのじゃ。
霊は形を 形は霊を求めてござるのじゃ。
人は神の入れもの、【神は人のいのち】。

記:1949年11月17日

 

黄金の巻〜第5帖  →超訳

ものうむ始め女。
目的たてるとスコタン。
種から生えたものは渋柿じゃ。
接ぎ木せねば甘柿とはならんぞ。
己のためにすることは人のためにすることぞ。
思いは力、実在ぞ。

記:1949年11月17日

 

黄金の巻〜第6帖  →超訳

天地まぜまぜになったら、まだまだなるのである。
かれこれ、何が何だかわからんことになると申してあろうが。
早う神示(ふで)肚に入れておけよ。
己に逆らうは神に逆らうものぞ。
己拝むは神拝むもの。
キリキリ舞い、目の前。

記:1949年11月17日

 

黄金の巻〜第7帖  →超訳

今はまだなるようにしておりて下されよ。
悪いこと通して善くなる仕組み、よく心得よ。
神体や神殿が神ではないぞ。
神でもあるぞ。
取り違い禁物。
鼻高には困る困る。
他の教会は(やまい)治して一人でも信者多くつくって立派に教会をつくれば
それでよいようにしているが、
この道はそんなところでまごまごさしてはおかれんぞ。
高く光るぞ。
遠くから拝むようになるぞ。
一切の未来も一切の過去も、
「すべてが現在ぞ」。
中今ぞ。
このことわかるが善じゃ。
神はすべてを知っているのぞ。
現在は永遠ぞ。
どこからともなく感じて来るものを尊べよ。
取次ぎ、信者より曇りひどい。

記:1949年11月17日

 

黄金の巻〜第8帖  →超訳

外にあるもの内にあるぞ。

記:1949年11月17日

 

黄金の巻〜第9帖  →超訳

この神示(ふで)に縁ある者には、天使の働きぐらいのこと、
すぐにわかるミタマ(さず)けてあるのに、
今の姿は何事ぞ。
ボタン押せよ。
燈台(もと)へ来て、明るくなると思い違い、
(もと)へ来て(あかり)となれよ。
光となれよ。

記:1949年11月17日

 

黄金の巻〜第10帖  →超訳

もう化けてはおられん。
化けの世はすんだのであるから、人民ウソしてはならんぞ。
ウソ見分ける 鏡与えてあるぞ。
早う改心なされ。
仏の取り次ぎ、キリストの取り次ぎ、
天理、金光、大本の取り次ぎさん、早う改心結構ぞ。
アラーの取り次ぎさん、道教も同様ぞ。
人間はいつも創られつつあるものぞ。
これで良いということはないぞ。
ゴットも仏も神も皆その通りだぞ。
世の中も、大千世界もまた同様ぞ、
つくられつつあるのぞ。
愛と言い真と言うも皆方便ぞ。
いずれも(まこと)の現れであるぞ。
ほうべんの世はすみてホウベンの世となるぞ。
そのホウベンの世すみて(まこと)の世となるのじゃ。
善悪なき世となるのじゃ。
わかりたか。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第11帖  →超訳

今度の岩戸開き、神と人との九十運動ぞ。
建て替えの守護が大切ぞ。
まず一筋の天地の道から変えるのじゃ。
次に人の道つくるのじゃ。
経と緯であるぞ。
人の道と天地の道と間違えているぞ。
人の道は花色々と咲き乱れ、織り交ぜて、楽し楽しのそれぞれであるぞ。
自分で自分のことしているのであるが、またさせられているのであるぞ。
大き自分に()け入ったとて小さい自分無くなってしまうのでないぞ。
神人ぞ。天地ぞと申してあろうが。
善も仮ぞ。悪も仮ぞ。
よく心得なされよ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第12帖  →超訳

守護神守護神と申しているが、魂の守護神は肉ぞ。
肉の守護神は魂ぞ。
くるくる廻って また始めからじゃ。
前の始めと始めが違うぞ。
皆相談し合ってよきに弥栄(いやさか)えるぞ。
()さねば後悔ぞ。
始めからの神示(ふで)読めばわかるように示してあるでないか。
神示(ふで)読まんから迷うのぞ。
神は人民の気引くぞ。
神示(ふで)読めよ。神示(ふで)出るぞ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第13帖  →超訳

神示(ふで)はちっとも違わん。
違うと思うことあったら己の心(かえり)みよ。
その心 曇っているのであるぞ。
めぐりあるだけ神がうらめしくなるぞ。
めぐりなくなれば神が有難いのじゃ。
人間無くて神ばかりでは、この世のことはできはせんぞ。
神が人間になって働くのぞ。
わかりたか。
新しき神国が生まれるまで めぐりばかりがうようよと、
昔のしたことばかり恋しがっているが、
そんなこと いつまでも続かんぞ。
三年の苦しみ、五年もがき、七年でやっと気のつく人民多いぞ。
皆仲よう相談し合って力合わせて進め進め。
弥栄(いやさか)えるぞ。
三つに分かれるぞ。
分かれて元に納まる仕組み。
結構結構。
理解大切。理解結構。
思考しなければ これからは何もできんぞ。
拝み合うことは理解し合うことぞ。
手合わせて拝むばかりでは何もわかりはせんぞ。
なぜに心の手 合わせんのじゃ。
心の手とは左行く心の手と右行く心の手と和すことじゃ。
サトルことじゃ。
苦しんで苦しんで苦しみ抜いて得たことは楽に得たことじゃ。
その楽に得たことのみ自分の身に付くのじゃ。
血じゃ。肉じゃ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第14帖  →超訳

 しるしはゝ◯と申してあろう、
 ゝ◯なかなかじゃなぁ。
為せ、為せ、為せば成る時ぞ。
為さねば後悔ぞ。
元たてよ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第15帖  →超訳

人から見て「あれならば」というようになれば、
この方の光出るのじゃ。
(ぎょう)できねばお出直し、
お出直し多いなあ。
独断(どくだん) 役には立たんぞ。
岩戸開きの九分九厘でひっくり返り、
また九分九厘でひっくり返る。
天明九十六才七ヶ月、ひらく。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第16帖  →超訳

(あつもの)()りて(なます)吹いてござる人民よ。
慾捨てるとわかって来るぞ。
まことの慾深になれよ。
イロハの勉強とは、日々の生活を神示(ふで)に合わすことぞ。
この中から神示(ふで)通りのカタ出せよ。
出さねばならんぞ。
わかった人ほど、口静かになるぞ。
(てん)()が出て来て三日天下、
それも御役、御役御苦労じゃなぁ。
良けりゃ立ち寄り、悪くなれば立ち去るような人民、
早う退()いて見物してござれよ。
いつも日和見していると気の毒できるぞ。
神に使われるのは一通りや二通りの苦労ではできん。
宗教によるもののみ天国に行くと考えるもの、
自分の教会のみ天国に通じると思うもの、
皆 悪の眷属(けんぞく)ばかり。
迷うなよ。
迷いは慾からじゃ。
体験と理解のみ財産ぞ。
神示(ふで)(はら)に入ったら、それでもうよいぞ。
去りて花咲かせ。
(はら)に入るまでは去ってはならん。
確か心得よ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第17帖  →超訳

「神、(はい)しても筋違うと水の泡ぞ」。
まだ迷うているが、それでは仕組み成就せんぞ。
(ふんどし)しめて一本道の真心結構。
金がよければ金拝め。
人がよければ人拝めよ。
神がよければ神拝め。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第18帖  →超訳

(いの)れば(いの)るほど悪くなることあるぞ。
結構な道とわからんか、心して迷うでないぞ。
天国の門、貧者富者の別ないぞ。
別ある境界つくるでないぞ。
世界中一度に揺すぶると申してあろう。
(ボタン)一つででんぐり返ると申してあること、
いまだわからんのか。
神罰はなし。
道は一つ二つと思うなよ、無数であるぞ。
(ただし内容は一つぞ。)
新しき道(ひら)いてあるのに、なぜ進まんのじゃ。
下腹からの怒りは怒れ。
胸からの怒りは怒るなよ。
昔から無いことするのであるから、
取り違いもっともであるなれど、
わかるミタマ授けてあるぞ。
高い(てん)()の鼻まげて自分の香り嗅いでみるがよいぞ。
鼻もちならんぞ。
今までのこと ちっとも交わらん新しき世になるのであるから、
守護神殿にも、わからんことするのであるから、
世界の民みな一度に改心するように、
どん詰まりには致すのであるなれど、
それまでに一人でも多く、一時も早く、改心させたいのじゃ。
気ゆるめたら肉体ゆるむぞ。
後戻りばかりじゃ。
霊人と語るのは危ないぞ。
気つけてくれよ。
人は人と語れよ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第19帖  →超訳

(おのれ)(ぎょう)できておらんと、
人の悪口 言わなならんことになるぞ。
(おのれ)の心 日々夜々改めねばならん。
心とは身と心のことぞ。
元の活神(いきがみ)が直接の、直々の守護を致す時来たぞ。
気つけおくぞ。
国々、所々、村々家々、皆何なりとしてめぐりだけの借銭済まし致してくれよ。
大峠ぞ。
早合点するなよ。
小さい容れもの間に合わん。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第20帖  →超訳

動かんふじの仕組みのなるとの仕組み。
ことたま、かずたま、ひふみ、いろたま、いろは。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第21帖  →超訳

言われる間はよいぞ。
読まれる間はよいぞ。
綱切れたら沖の舟、神信じつつ迷信に落ちてござるぞ。
日本の国のミタマ曇っていることひどいぞ。
外国、同様ながら筋通っているぞ。
型にはめると動きないことになるぞ。
型外せと申してあろうが。
自分で自分を監視せよ。
顕斎(けんさい)のみでも迷信、幽斎(ゆうさい)のみでも迷信、
二つ(おこな)っても迷信ぞ。
二つ()け合って生まれた一つの正斎(せいさい)を中として
顕斎(けんさい)幽斎(ゆうさい)を外としてまつるのが大祭りであるぞ。
荒、和、幸、奇、ミタマ()べるのが(なお)()のみたま。
みすまるのたまぞ。
今度は(なお)()のみでなくてはならん。
 (なお)()弥栄(いやさか)えて直日月+◯の働きとなるのぞ。
食物 気つけよ。
信仰は感情ぞ。
飢えた人には食物。
神よ勝て。
人間 勝ってはならんぞ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

直日=悪い状態を元の状態へ戻すこと

 

黄金の巻〜第22帖  →超訳

神まつれ、祖先まつれ、子孫まつれ、
心まつれ、言葉まつれ、(ぎょう)まつれ、
食物まつれ、着るものまつれ、住居まつれ、土地まつれ、
感謝感謝で喜び来るぞ。
奇蹟では改心できんのであるぞ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第23帖  →超訳

この神示(ふで)読むとミタマ(みが)けるぞ、ミガケルぞ。
神示(ふで)読むと改心できるぞ。
暮らし向きも無理なく結構にヤサカ、弥栄(いやさか)えるぞ。
まだわからんのか。
苦しいのは神示(ふで)読まんからじゃ。
金の世すみて、キンの世来るぞ。
三年目、五年目、七年目じゃ、
心得なされよ。
欲しいもの欲しい時食べよ。
低うなるから流れて来るのじゃ。
高うなって(てん)()ではならん道理。
頭下げると流れ来るぞ。
喜び、愛から来るぞ。
神様も神様を拝み、神の道を聞くのであるぞ。
 それはゝ◯と(小渦)(大渦)とによって自分のものとなるのじゃ。
()けるのじゃ。
一つ境があるぞ。
世界の人民一人一柱 守りの神つけてあるぞ。
人に説くには人がいるぞ。
役員取り違いしているぞ。
我よし信仰だからぞ。
あまり大き過ぎるからわからんのも道理ながら、
わからんでは済まん時来ているぞ。
いざという時は日頃の真心物言うぞ。
付け焼き刃は付け焼き刃。
神拝むとは、頭ばかり下げることでないぞ。
内の生活することぞ。
内外共でなくてはならん。
残る一厘は悪の中に隠してあるぞ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第24帖  →超訳

口で知らせることわかる人には、わかるぞ。
大切なことはミミに聞かしてあるぞ。
(てん)()だから、軽く見るからわからんのだぞ。
神示(ふで)は要らんのじゃ、
神示(ふで)はカスじゃぞ。
皆ゝを見失っているぞ。
ゝあるのがわかるまい。
言うてならん。
仕組みはでき上がらんと、人民にはわからん。
仕上げ見て下され。
立派じゃなぁ。
【心】で悟って下されよ。
言うだけで聞けば実地に出さんでもよいのじゃ。
実地には出したく無いのじゃ。
この道理、よく悟ってくれよ。
実地に出しては人民 可哀想だから、
(こら)(こら)えて くどう申しているうちに、
早う悟りて下されよ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第25帖  →超訳

こんなになったのも この方等が()が強過ぎたからであるぞ。
()出すなと申してあろう。
この度の岩戸開きに使う()(たま)は、
我の強い者ばかりが、
めぐりだけのこと償って、償うことぞ。
天地かまう神でも我出せんことであるぞ。
神々様も(ざん)()してござるぞ。
まして人民。
てんめ(岡本天明)改心 まだまだのまだであるぞ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第26帖  →超訳

与えてあるのになぜ手出さぬ。
よりよき教えに変わるのは宗祖のよろこぶことぐらい わかるであろう。
うまいこと申して人集めると、
うまいこと申して人が去るのであるぞ。
二四(にし)一ゲ四(ひがし)に宮建てよ。
建てる時近づいたぞ。
間に合う守護神 九分通り悪になっているぞ。
(たて)には差別あるぞ。
(よこ)は無差別ぞ。
この道理わからねば一列一平とならん。
金欲しい者には金儲けさせてやれよ。
欲しいもの与えてやれよ。
人間心、神心、逆様じゃ。
与えることは(いただ)くこと。
まだわからんか。
皆何も天国に行くようになっているではないか。
この世でも天国、あの世でも天国、めでたいなあ。
地獄()く宗教は亡びるぞ。
地獄と思うもの、地獄つくって地獄に住むぞ。
地獄はげしくなるぞ。
人間の(ちから)だけでは、これからは何もできん。
アカの世からキの世になるぞ。
世は七度の大変わりと知らせてあろう。
(つき)の世はキの世。
口静かせよ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第27帖  →超訳

なぜ、喜び受けぬのじゃ。
宗教は無くなってしまうぞ。
(まこと)光るのじゃ。
光のマコトの宗教生まれるのじゃ。
その時は宗教でないぞ。
心得なされよ。
かしはでとカシワデと二つあるぞ。
柏手は誓いとチカイの(しるし)
()るのは願いの(しるし)

記:1949年11月27日

 

黄金の巻〜第28帖  →超訳

外が悪くて中が良いということないのじゃ。
外も中も同じ性持っているのじゃ。
時節来ているから、このままにしておいてもできるが、
それでは人民 可哀想だから、くどう申しているのじゃ。
三千年花咲くぞ。
結構な花、三年、その後三年であるぞ。
(つぎ)の三年めでたやなあ、めでたやなあ。
ヒカリの神示(ふで)裏まで読んでみなされ、
よく解ってビシビシとその通りになっておろうがな。
このほう念じてやれよ。
この火(ほう)この水(ほう)ぞ。
この火ばかりと思うなよ。
火と水(ヒトミ)だぞ。
善き火(ホー)に廻してやるぞ、
良き水(ホー)の御用も回してやるぞ。
しくじりも人間にはあるぞ。
しくじったらやり直せよ。
しくじりは火と水の違いぞ。
このことよく心得てなされよ。
しくじり、しくじりでなくなるぞ。
何も思案投げ首 一番罪深い。
皆それぞれに喜び与えられているでないか。
何不足申すのだ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第29帖  →超訳

二二の盗み合い、世の乱れ。
心して怪しいと思うことは、
たとえ神の言葉と申しても一応は考えよ。
神の言葉でも裏表の見境なく(ただ)に信じてはならん。
審神者(さにわ)せよ。
薬、毒となることもあると申してあろうが。
馬鹿正直、まことの道 見失うことあると申してあろうが。
道は易し、楽し。
楽しくないのは道ではないぞ。
奉仕ではないぞ。
世界に呼びかける前に日本に呼びかけよ。
目醒まさねばならんのじゃ。
それが順序と申すもの。
神示(ふで)で知らせてあろうが。
ここは種作るところ、種は人民で作れんぞ。
神の申すよう、神の息、いただいて下されよ。
天の道、地の道、天地の道あるぞ。
人の道あるぞ。
何も()も道あるぞ。
道に外れたもの外道じゃぞ。
道は一筋ぞ。二筋ぞ。三筋ぞ。
曲がっているぞ。
真っ直ぐであるぞ。
心得なされ。
    節分から◯〃◯+◯(オーヒツキ)◯(オーカミ)と現れるぞ。
(たた)えまつれ。
三年の大ぐれ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第30帖  →超訳

一四三 ◯(ビョーサマ) 一四三 ◯(ビョーサマ)、改心 早う結構ぞ。
道知るのみでは何にもならん。
道味わえよ、歩めよ、大神の道には正邪ないぞ。
善悪ないぞ。
人の世に映って正と見え邪と見えるのじゃ。
人の道へ映る時は曇っただけのレンズ通すのじゃ。
レンズ通してものを見ると逆立ちするぞ。
神に善と悪あるように人の心に映るのじゃ。
レンズ外せよ。
レンズ外すとは神示(ふで)読むことぞ。
無き地獄、人が生むぞ。
罪ぞ。曲がりぞ。
今までは影の守護であったが岩戸ひらいて表の守護となり、
裏表そろった守護になりたら、まことの守護ぞ。
悪も善も、もう隠れるところ無くなるぞ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第31帖  →超訳

人民それぞれに用意してくれよ。
自分出しては集団(まどい)壊すぞ。
(ちから)出んぞ。
早う作れよ。
(まと)とせよ、と申してあろうがな。
マトは光りの()し入るところ、
的として月一度出せよ。
自分の小さいこと知れる者は、
神の国に近づいたのであるぞ。

記:1949年11月27日

 

黄金の巻〜第32帖  →超訳

神の道に進むために(ののし)られることは人民の喜びぞ。
その喜び越えて神の喜びに入れば(ののし)られることないぞ。
(うやま)うはまだまだじゃぞ。
早うサトって、神に融け入れよ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第33帖  →超訳

神国、神の三八(みや)早うつくれ。
今度ここへ神が引き寄せた者は、
皆キリストじゃ(しゃ)()じゃぞと申してあろう。
磨けば今までの教祖にもなれるミタマばかりぞ。
それだけに罪深いぞ。
岩戸あけて、めぐり果たせたいのじゃ。
このこと肚によくわかるであろうが。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第34帖  →超訳

世界平たく、胸の掃除からハラの掃除ぞ。
理智がまことの愛ぞ。
ア九(悪)も神の御子。
絶対の責任は神、相対の責任は人民。
親よりも師よりも神愛せよ。
その親、師は神から更に愛されるぞ。
    九二十九十千のゝ◯(オークニトコタチの神)|◯(が)◯三のゝ◯三◯(オースサナルの神様)なり。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第35帖  →超訳

  お父様がゝ◯(ヒ)の大ゝ◯三◯(神様)、
  お母様が〃◯(ツキ)の大ゝ◯三◯(神様)なり。
奥山から出たものは奥山にかえり、
また奥山から更に弥栄(いやさか)となって出るのであるぞ。
大切なもの皆与えてあるでないか。
人民は只それをどんなにするかでよいように、
楽にしてあるぞ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第36帖  →超訳

まことに求めるならば、神は何でも与えるぞ。
与えているでないか。
御用は神示(ふで)見んとわからん道理わからんか。
誰にも知れんこと知らせて、型して見せてあるでないか。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第37帖  →超訳

集団(まどい)は天国の組織同様にせよ。
横にはウクスツヌフムユルウの十柱ぞ。
縦にはアイウエオの五柱ぞ。
結構じゃなぁ。
横だけでも(かた)()、縦だけでも(かた)()
この方 見えんアであるぞ。
(あら)われは神示(ふで)じゃ。
よく相談し合って結構致しくれよ。
弥栄(いやさか)えるぞ。
()(ふみ)読めばわかる。
神業(かみわざ)奉仕すれば自らめぐり取れるのじゃ。
めぐりない者一人もこの世にはおらん。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第38帖  →超訳

心次第で皆救われる。
悪には悪の道、それ知らん善の神では、悪抱き参らすことできん。
因縁あっても曇りひどいと御用難しいぞ。
この世の人民の悪は幽界にうつり、
幽界の悪がこの世にうつる。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第39帖  →超訳

見渡せば 見事咲きたり (てん)()の鼻の。

二人でせよと申してあるのは裏表合わせて一つぞ。
二人で一人でせねばならん。
統一ないところに力生まれんぞ。
人民の奉仕は神への奉仕、
生活は奉仕から生まれる。
世界は大きな田畑、
それ()け、それ()け、種を()け。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第40帖  →超訳

どうにもこうにも手つけられまい。
この世は浮島ぞ。
人民の心も浮島ぞ。
油断禁物。
ひふみの食べ方 心得たら、
今度は気分ゆるやかに嬉しウレシで食べよ。
天国の食べ方ぞ。
一切は自分のものと申してあろう。
上も下も右も左も皆自分のものぞ。
自分ぞ。
そこにまことの愛生まれるぞ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第41帖  →超訳

この方の(もと)へ引き寄せた人民、
八分通りは皆一度や二度は死ぬる生命(いのち)を神が助けて、
めぐり取って御用させているのぞ。
奉仕せよ。
どんな御用でも勇んで(つと)めよ。
(はら)に手当てて考えてみよ。
なるほどなあと思い当たるであろうが。
喉元すぎて忘れておろうが。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第42帖  →超訳

神示(ふで)読めば神示(ふで)の気通うぞ。
神示(ふで)読めよ。神示(ふで)うつせよ。
うつす御役 結構じゃなあ。
うつせ。うつせ。人にうつせよ。世界にうつせよ。
悪のミタマ(なご)め抱き参らすには理解大切じゃ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第43帖  →超訳

野見よ。森見よと申してあろう。
水の流れにも宗教あるぞ。
これを人民勝手に宗教に一度下げるから、
(おか)すことになるのだ。
引き下げねばわからんし、心で悟れよ。
()めの生活 弥栄(いやさか)えるぞ。
天国の(いしずえ)、出足の地場は「二二」からじゃ。
二二(ふじ)の道は()(ふみ)の道じゃ。
和じゃ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第44帖  →超訳

(たてまつ)る歌書かせて置いたのに、なぜ読まんのじゃ。
大き声で読み上げよ。
歌うたいくれと申してある時来ているぞ。歌で岩戸開けるぞ。
皆歌え唄え。(おの)(おの)も心の歌つくって(たてまつ)れよ。
歌結構ぞ。

ひふみゆら、ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら。
かけまくも、かしこけれども、歌たてまつる。
御まえに、歌たてまつる、()(さか)()(うた)を。
世を救う、大みいわざぞ、みことかしこし。
まさに今、神のみことを、このみみに聞く。
三千世界、救うみわざぞ、(こと)ただし行かな。
大神の、しきます島の、八十(やそ)(しま)やさか。
(あま)かけり、(くに)かける神も、みひかりに伏す。
(こら)えに(こら)えし、三千年の、岩戸ひらけぬ。
したたみも、いはひもとほり、神に仕えん。
大稜威(おおみいつ)、あぎとう魚も、ひれ伏し(つど)う。
かむながら、みことの朝を、みたみすこやかに。
神の子ぞ、み民ぞ今の、この幸になく。
国原(くなばら)は、大波打ちて、みふみを拝す。
天もなく、地もなく今を、みことに生きん。
大みつげ、八百(やお)(よろずの)(かみ)も、勇みたつべし。
天地の、光りとなりて、みふで湧き出づ。
一つ血の、みたみの血今、湧きて止まらず。
大みこと、身によみがえる、遠つ祖神(おや)の血。
すでに吾れ、あるなし神の、辺にこそ生きん。
高鳴るは、吾か祖の血か、みつげ(とうと)し。
吾れあらじ、神々にして、祈らせ(たま)う。
天地も、極まり泣かん、この時にして。
かつてなき、大みつげなり、たたで止むべき。
天地も、極まりここに、御代生まれ来ん。
大き日の、陽にとけ叫ばん、くにひらく道。
みことのり、今ぞ輝き、岩戸ひらけん。
宮柱、太しき建てて、神のまにまに。
抱き参らせ、大御心に、今ぞこたえん。
言いむけ、まつろはしめし、みことかしこし。
ただ涙、せきあえず()は、御まえに伏す。
ささげたる、生命(いのち)ぞ今を、神と生まれます。
大まえに、伏すもかしこし、祈る(すべ)なし。
今はただ、いのちの限り、()(みち)伝えんを。
祈りつつ、限りつくさん、みたみなり()れ。
いのち越え、大きいのちに、生きさせ(たま)え。
ひたすらに、みことかしこみ、今日に生き来し。
言霊の、言高らかに、(おお)()にとけな。
天に叫び、吾に(むち)打ち、今日に生き来し。
嵐となり、あまかけりなば、この心癒えんか。
走りつつ、今海出づる、大き月に叫ぶ。
みみ隠し、生命(いのち)と生まれて、遠つ祖神(おや)さか。
神々の、智は弥栄(いやさか)え、ここに吾れたつ。
()(たみ)皆、死すてうことの、ありてあるべき。
あな(さや)やけ、()民栄(たみはえ)あり、神ともに行く。
さあれ()の、生命(いのち)尊し、()(おろが)みぬ。
みづくとも、苔むすとても、生きて仕えん。
いゆくべし、(まが)の曲こと、断たで止むべき。
かえりごと、高ら白さんと、今日も死を行く。
追い追いて、山の尾ことに、まつろわさんぞ。
追いはらい、川の瀬ことに、曲なごめなん。
みことなれば、(あま)の壁立つ、極み行かなん。
と心の、雄たけび天も、高く鳴るべし。
まさ言を、まさ言として、知らしめ(たま)え。
たな(ひじ)に、水泡(みなわ)かきたり、()(とし)育てんを。
むか(また)に、ひじかきよせて、たなつつくらん。
狭田(さだ)(おさ)()、ところせきまで、実みのらせ(たま)え。
神々の、血潮とならん、ことに生き行く。
言さやぐ、民ことむけて、神にささげん。
にぎてかけ、共に歌わば、岩戸ひらけん。
大き日に、真向かい叫ばん、神の御名を。
道端の、花の白きに、祈る人あり。
(かしわ)()の、ひびきて中(いま)の、大きよろこび。
()ゆるなく、御まえに伏し、祝詞(のりと)申すも。
祝詞(のりと)せば、誰か和し()り、波の寄す(ごと)
祝詞(のりと)申す、わが魂に、呼ぶ何かあり。
御まえに、(ぬか)づきあれば、波の音聞こゆ。
()ゆるなき、(ひと)()ありけり、夕月に歩す。
曇りなく、今を祝詞(のりと)す、幸わえたまえ。
(たてまつ)る、歌きこし召せ、幸わえ(たま)え。
ひふみよい、むなやここたり、ももちよろづう。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第45帖  →超訳

相談相談と申して、見物を舞台に上げてはならん。
見物は見物席。
祈り祈り結構と申して、邪の祈りは邪の道に落ちるぞ。
色々のお告げ出ると申してあろうが。
今その通りじゃ。
お告げに迷うぞ。
審神(さにわ)して聞けと申してあろう。
審神(さにわ)して聞け。
わからなくなれば神示(ふで)見よ。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第46帖  →超訳

今度の仕組み、まだまだナルのじゃ。
なってなってなりの果てに始めて成るぞ。
生むぞ。
まず(かね)が無ければと申しているが、
その心まことないぞ。
キが元とあれほど申しても まだわからんのか。
役員どうどうめぐり。

記:1949年11月27日

 

黄金の巻〜第47帖  →超訳

ナルとは成る(こと)ぞ。
成るは表、主(()ゅ)ぞ。
ウムとは(ウム)のこと。
生むは裏、従(二ゆ)ぞ
ナルは内、ウムはソト、ナルには内の陰陽(いんよう)合わせ、
ウムにはソトの陰陽(いんよう)合わせよ。
成ると生むは同じであるぞ。
違うのじゃぞ。
成ることを生むと申すことあるぞ。
生むこと成ると見ることあるぞ。
ナルとは(ナル)こと、自分が大きく成ることぞ。
自分の中に自分つくり、内に生きることぞ。
ウムとは自分の中に自分つくり外におくことぞ。
このことわかれば石屋の仕組みわかる。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第48帖  →超訳

神の御用と申して まだまだ自分の目的立てる用意しているぞ。
自分に自分がだまされんように致してくれよ。
自分の中に善の仮面を(かぶ)った悪が住んでいるのに気づかんか。
(はら)(きよ)めの神がスサナルの神様なり。
審神者(さにわ)の神はウシトラのコンジン様なり。
それぞれにお願いしてから、
それぞれのこと行ぜよ。
この道に入って始めの間は、
かえって損したり馬鹿見たりするぞ。
それはメグリ取っていただいているのぞ。
それがすめば苦しくてもどこかに光見出すぞ。
おかげのはじめ。
次に自信ついて来るぞ。
胴が()わって来るぞ。
心が勇んで来たら、おかげ大きく光り出したのじゃ。
悪の霊はミゾオチに止まりがちぞ。
霊の形は肉体の形、肉体は霊の形に従うもの。
このことわかれば、この世のこと、
この世とあの世の関係がはっきりするぞ。
足には足袋(たび)、手には手袋。

記:1949年11月27日
かのととりの日

 

黄金の巻〜第49帖  →超訳

上の一番の番頭、大将が悪いのではない。
一の番頭が良くないのだ。
親に(そむ)くはよくないが、真理に(そむ)くはなお悪い。
眷属(けんぞく)さんにも御礼申せよ。
大神様だけでは仁義になりませんぞえ。
月日様では世は正されん。
日月様であるぞ。
   日月様が、ゝ◯〃◯+◯(ひつき)様となりなされて今度の岩戸開き、あけるぞ。
神示(ふで)当分二を通じて出せよ。
与えよ。
👁と二と千とセとワとホとは、先ず奥山。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第50帖  →超訳

口で言うことよく聞けよ。
肉体で言うこと、神の申すこと、よく聞きわけ下されよ。
霊媒通じてこの世に呼びかけて来る霊の九分九分九厘は邪霊であるぞ。
激しくなるぞ。
世界一平まだまだできそうでできない相談。
奥の奥、見通して下され。
動きは必要であれど、皮むくぞ。
次も駄目、次も駄目、その次の次がまことの一家じゃ。
寒いところ暖かく、暑いところ涼しくなるぞ。
仏には仏の世界はあれど、三千年でチョンぞと申してあろう。
神示(ふで)しめすに、順乱して来るぞ。
慾出して下さるなよ。
順乱れるところに神のはたらきないぞ。
人民 自由にせよと申して、悪自由してならん。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第51帖  →超訳

喜べよ。
よろこびは弥栄(いやさか)の種()くぞ。
祈りは実行ぞ。
言わねばならんし、言えば肉体が申すように思っておかげ落とすし、
わからんこと申すように、自分の物差しで測るし、
学の鼻高さんには神も閉口。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第52帖  →超訳

何も知らん者が出て来て邪魔するぞ。
よほどしっかり致してくれよ。
邪魔も御役ながら、時と所によりけり。
神徳積んだら人の前に自分隠せるようになるぞ。
頭に立つ者 (ちから)隠せよ。
昨日より今日、今日より明日と、一歩一歩 弥栄(いやさか)えよ。
一足飛び、見ていても危ない。
早くわかれば後戻りさせねばならず、
わからんので後押しせねばならず、
少しの時の早し遅しはあるなれど、
いずれは神示(ふで)通りに出て来るぞ。
想念は形式をもって始めて力出るぞ。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第53帖  →超訳

物も神として仕えば神となるぞ。
相談と申せば人民ばかりで相談しているが、
神との相談結構ぞ。
神との相談は神示(ふで)読むことじゃ。
行き詰まったら神示(ふで)に相談せよ。
神示(ふで)が教えて、導いてくれるぞ。
罪を憎んでその人を憎まずとは悪のやり方、
神のやり方はその罪をも憎まず。
生活が豊かになって来るのが正しい(みち)ぞ。
行き詰まったら間違った道歩いているのだ。
()では行かん。
学や金では行かん。
マコトの智一つと申してあろう。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第54帖  →超訳

目的よくても実行の時に悪い念入ると悪魔に()入られるぞ。
心せよ。
雨、風、岩、いよいよ荒れの時節じゃ。
世界に何とも言われんことが、
(やまい)もわからん(やまい)がはげしくなるぞ。
食うべきものでない悪食うて生きねばならん時来るぞ。
悪を消化する胃袋、早うせねば間に合わん。
梅干し大切心の。

五十二才 (つき)の世の始。
五十六才七ヶ月 みろくの世。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第55帖  →超訳

今度集まっても、まとまりつくまいがな。
世界の型出して実地に見せてあるのじゃ。
骨が折れるなれど実地に見せねばならんし、
まとまらんのを(まと)めて、
皆がアフンの仕組み、
気のつく人民 早う元へ返りて下されよ。
心に(まこと)あり、口にまこと伝えるとも実行なき者多いぞ。
偽りに神の力は加わらない。
偽善者 多いのう。
祈り行じて洗濯すれば皆世界の審神者(さにわ)にもなれる結構なミタマばかり。
死産の子も(まつ)らねばならん。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第56帖  →超訳

逆怨(さかうら)みでも(うら)みは(うら)み。
理屈に合わんでも飛んだ目に会うぞ。
今までの教えでは立ちて行かん。
生まれ替わらねば人も生きては行かれん。
平等愛とは、差別愛のことぞ。
公平という声に(だま)されるなよ。
数で決めるなと申してあろうがな。
群衆心理とは一時的の邪霊の()きものぞ。
上から乱れるから下のしめしつかん。
我よしのやり方では世は治まらん。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第57帖  →超訳

仲よしになって道伝えよ。
道を()けよ。
一切を肯定して二九(ジク)を伝えよ。
悪神かかりたなれば自分では偉い神様が移っていると信じ込むものぞ。
可哀想なれど それも(おの)(てん)()からぞ。
取り違いからぞ。
霊媒の(ぎょう)見ればすぐわかるでないか。
早う改心せよ。
霊のおもちゃになっている者多い世の中、
大将が誰だかわからんことになるぞ。
先生と申してやれば皆先生になってござる。
困ったものぞ。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第58帖  →超訳

神々の数は限りないのであるが、
一柱ずつ御名を(たた)えていては限りないぞ。
 大日月+◯(おおひつき)の大神と(たた)えまつれ。
すべての神々様を(たた)えまつることであるぞ。
 日は父、月は母、+◯(き)は自分であるぞ。
自分(おが)まねば どうにもならんことになって来るぞ。
一日が千日になったぞ。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第59帖  →超訳

ゝ忘れるなよ。
世を捨て、肉を離れて天国近しとするは邪教であるぞ。
合わせ鏡であるから(かた)()となっては天国へ行かれん道理じゃ。
迷信であるぞ。
金で世を治めて、金で潰して、地固めして みろくの世と致すのじゃ。
三千世界のことであるから、ちと早し遅しはあるぞ。
少し遅れると人民は、神示(ふで)は嘘じゃと申すが、
百年も続けて嘘は言えんぞ。
申さんぞ。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第60帖  →超訳

ここはいと古い神まつりて、いと新しい道ひらくところ。
(てん)()さん鼻折りて早う奥山に(もう)れよ。
この世の仕事が あの世の仕事。
この道理分からずに、この世の仕事捨てて、
神の為じゃと申して飛びまわる鼻高さん、ポキンぞ。
仕事仕えまつれよ。
徳つめばこそ天国へ昇るのじゃ。
天国に行く人、この世でも天国にいるぞ。
キタはこの世の始めなり。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第61帖  →超訳

自分のみの信仰は、私心私情のため、
自己つくりてから人を導くのじゃと理窟申しているが、
その心根洗って自分でよく見つめよ。
悪は善の仮面(かぶ)って心の中に喰い入っているぞ。
仮面が理屈、理屈は隠れ蓑。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第62帖  →超訳

洋服脱いで和服着て又洋服着るのじゃ。
仏の力と神の力と同じでないぞ。
同じところまでは同じであるが、
もうここまで来たら、
この先は神の道でなくては動き取れん。
神の大(みち)は上の上であるぞ。
神の(みち)を明かにすれば、神はその人を明らかにする。
天使は天と地の和合者、仁人は地と天の和合者。

記:1949年12月7日

 

黄金の巻〜第63帖  →超訳

奥山奥山と知らせてあろうが、
神示(ふで)は奥山から出て、奥山で分けるくらいのこと、
なぜにわからんのじゃ。
誰でもが勝手にしてならん。
それぞれの順立てねば悪となるぞ。
わからんのは、我よしからじゃ。
本から固めて行かねば いつまで()っても小田原*じゃ。
小田原も道筋ながら、それでは世界の人民 丸つぶれとなるぞ。
三分残したいために三千の足場と申してあるのじゃ。
早う三千集めよ。
()(やく) 御苦労。

記:1949年12月7日

*小田原=小田原評定

 

黄金の巻〜第64帖  →超訳

どこで何していても道さえ踏んでおれば弥栄(いやさか)えるぞ。
行き詰ったら(かえり)みよ。
己の心の狂い、わかって来るぞ。
神から伸びた智と愛でないと、
人民の智や学や愛はすぐペシャンコ。
やってみよれ。
根無し草には実は結ばんぞ。
お尻出したら お尻()(れい)()いてやれよ。
怒ってはならん。子の尻と思って()いてやれよ。
わかった人民よ。
今のうちは阿呆(あほ)結構ぞ。
一つに和してござれ。
人間心で急ぐでないぞ。

記:1949年12月14日

 

黄金の巻〜第65帖  →超訳

自分に捉われると局部の神、有限の神しかわからんぞ。
自分捨てると光射し入るぞ。
知はアイ、息は(まこと)ぞ。
平面の上でいくら苦しんでも何にもならん。
かえってめぐり積むばかり。
どうどうめぐりじゃ。
てん曰(し)は奥山にお出ましぞ。

記:1949年12月14日

 

黄金の巻〜第66帖  →超訳

省みると道見出し、悟ると道がわかり、改むると道進む。
苦しむばかりが能ではない。
自分の中にあるから近寄って来るのであるぞ。
(いや)なこと起こって来るのは、
(いや)なことが自分の中にあるからじゃ。
肉体は親から受けたのだから親に似ているぞ。
霊は神から受けたのだから神に似ているぞ。
わかった守護神 一日も早く奥山へ出て参りて、
神の御用結構。

記:1949年12月14日

 

黄金の巻〜第67帖  →超訳

慢心出るから神示(ふで)読まんようなことになるのだ。
(はら)の中に悪のキ這入(はい)るから ぐらぐらと折角の屋台骨動いて来るのだ。
人の心がまことにならんと、まことの神の力 現れんぞ。
みたま磨きとは()いと感じたこと(ただ)ちに行うことぞ。
愛は神から出ているのであるから、
神に祈って愛させて(いただ)くようにすると弥栄(いやさか)えるぞ。
祈らずに自分でするから、(もと)()つから、
我よしに、自分愛になるのだ。
自分(おろが)むのは肉愛でないぞ。

記:1949年12月14日

 

黄金の巻〜第68帖  →超訳

神と人の和は神よりなさるものであるぞ。
本質的には人間から神に働きかけるものでないぞ。
働きかける力は神から出るのであるから 人間から和し(たてまつ)らねばならんのであるぞ。
信じ合う一人ができたら一つの世界を得たこと。
一つ得たら二つになったことぞ。
祈りを忘れることは、神を忘れること、神から遠ざかること、
それではならんのう。
安全な道通れ。
安全な教えのところへ集まれよ。

記:1949年12月14日

 

黄金の巻〜第69帖  →超訳

悪く言われるのが結構ぞ。
何と言われてもビクつくような仕組みしてないぞ。
天晴れ、三千世界のみろくの仕組み、天晴れぞ。
この先は神の力戴かんことには、ちっとも先行かれんことになるぞ。
行ったと思うてふり返ると、後戻りしていたのにアフンぞ。
心得なされよ。
何も彼も存在許されているものは、それだけの用あるからぞ。
近目で見るから、善じゃ悪じゃと騒ぎ廻るのぞ。
大き一神を信ずるまでには、部分的多神から入るのが近道。
大きものは一目ではわからん。
この方 世に落ちての仕組みであるから、落として成就する仕組み、結構。
神様は親、四角張らずに近寄って来て親しんで下されよ。

記:1949年12月14日

 

黄金の巻〜第70帖  →超訳

曰九千(しくじり)のミタマもあるなれど、この方の仕組みじゃ。
めったに間違いないのだから、
欲しい者には ひとまず取らせておけよ。
めぐりだけ取って行って下さる仕組みぞ。
苦しめたら改心中々じゃ。
喜ばせて改心結構じゃなあ。
すべてを愛せよと申すのは、高い立場のことでござるぞ。
九九(ここ)には九九(ここ)の立場あるぞ。
よく心得なされよ。
世の中には順序あるぞ。
それがカズタマ(数霊)、動くと音出るぞ。
それがコトタマ(言霊)、ものには色あるぞ。
それがイロタマ(色霊)。

記:1949年12月14日

 

黄金の巻〜第71帖  →超訳

世界がそなたに映っているのぞ。
世界見て己の心早う改心致されよ。
世はグルグルと七変わり、改心の為
世界の民皆、今度は引き上げ一旦みなあるぞ。
(たて)のつながりを忘れがちじゃ。
平面のことのみ考えるから平面のキのみ入るぞ。
平面の気のみでは邪であるぞ。
動機善なれば失敗は薬。

記:1949年12月14日

 

黄金の巻〜第72帖  →超訳

世界の人民 皆心せよと申すのぞ。
どんなめぐりある金でも持っておれば良いように思ってござるなれど、
めぐりある金はめぐりそのものとわからんか。
家の治まらんのは女が出るからぞ。
夫立てると果報は女に来るぞ。
天界に住む者は一人一人は力弱いが和すから無敵ぞ。
幽界に住む者は一人一人は力強いが孤立するから弱いのぞ。
仲よく和してやれと申す道理わかったか。
そなたは何万年の原因から生まれた結果であるぞ。
不足申すでないぞ。

記:1949年12月14日

 

黄金の巻〜第73帖  →超訳

四十八柱、四十九柱、
それぞれの血筋の者 引き寄せておいて、
その中から(みが)けた者ばかり()り抜く仕組み。
(みが)けん者 代わりのミタマいくらでもあるぞ。
お出直しお出直し。
世界が二分じゃなぁ。
もの見るのは(ひたい)で見なされ。ピンと来るぞ。
(ひたい)の判 断間違いなし。(ひたい)の目に誤りなし。
霊界には時間、空間は無いと申しているが、無いのでないぞ。
違って現れるから無いのと同様であるぞ。
あるのであるぞ。
悪の霊はミゾオチに集まり、頑張るぞ。

こがねの巻は百帖ぞ。
こがね、しろがね とりどりに出るのじゃ。
あわてるでないぞ。

記:1949年12月27日

額の目=第三の目

 

黄金の巻〜第74帖  →超訳

もらった神徳に光出す人民でないと、神徳を我よしにする人民にはおかげやらん。
自分が自分で思うようになるまいがな。
自分が自分のものでないからぞ。
自分のものなら自由になると申してあろうが。
道を進めば楽に行ける。
道行かんで山や畠や沼に入るから苦しむのだ。
神の仕組みのわかる人民二三分できたら、いよいよにかかるぞ。
まだまだ改心足らん。
()けるぞ。
魂にめぐりあると何してもグラリグラリと成就せんぞ。
めぐりのままが出て来るのであるぞ。
心のよきもの、神にまつって、この世の守護神と現すぞ。
理屈はわからんでも真理はつかめるぞ。
信念と真念は違うぞ。
信念は自分のもの。
信念超えて真念あるぞ。
任せ切ったのが真念ぞ。
迷信が迷信でなくなることあるぞ。
じゃと申して信念がいらんのでないぞ。
もう待たれんから わかった人民一日も早く奥山に参って
神の御用結構につとめあげて下されよ。
世界中を天国に致す御用の御役、つとめ上げて下されよ。
人間の念力だけでは何ほどのこともできはせんぞ。
その念力に感応する神の力があるから人間にわからん、
びっくりが出て来るのだぞ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第75帖  →超訳

(いくさ)や天災では改心できん。
三千世界の建て直しであるから、誰によらん。
下の神々様もアフンの仕組みで、見事成就さすのであるが、
よく神示(ふで)読めば、心で読めば、
仕組み九分通りはわかるのであるぞ。
死ぬ時の想念がそのまま続くのであるから、
その想念のままの世界に住むのであるぞ。
この世を天国として暮らす人 天国へ行くぞ。
地獄の想念、地獄生むぞ。
真理を知ればよくなるぞ。
そんなこと迷信と申すが、求めて見なされ。
百日一生懸命 求めて見なされ。
必ずおかげあるぞ。
神があるから光が射して(うれ)(うれ)しとなるのであるぞ。

 

黄金の巻〜第76帖  →超訳

真理を知って、よくならなかったら、よく(かえり)みよ。
よくなるのがマコトであるぞ。
悪くなったら心せねばならん。
善人が苦しむことあるぞ。
よく考えて見い。
長い目で見てよくしようとするのが神の心ぞ。
目の前のおかげでなく、永遠の立場から、よくなるおかげがマコトのおかげ。
神徳は重いから腰ふらつかんようにして下されよ。
その代わり(つらぬ)きて下されたら、永遠(とわ)にしぼまぬ九の花となるぞ。
二二(ふじ)に九(ク)の花どっと咲くぞ。
拍手は清めであるが、神様との約束固めでもあるぞ。
約束(たが)えるでないぞ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第77帖  →超訳

不二の仕組みとは動かん真理、(うずうみ)のナルト(成答)の仕組みとは
弥栄(いやさか)の限りなき愛のことであるぞ。
神の(みち)に入り、(みち)を踏んでおれば、
やり方一つで何でもよく、(うれ)(うれ)しとなるぞ。
世の元からできているミタマの建て直しであるから、
一人の改心でも中々であると申しているのに、
ぐずぐずしていると間に合わん。
気の毒できるぞ。
めぐりと申すのは自分のしたことが自分にめぐって来ることであるぞ。
めぐりは自分でつくるのであるぞ。
他を恨んではならん。
美の門から神を知るのが、誰にでもわかる一番の道であるぞ。
芸術から神の道に入るのは誰にでもできる。
この道理わかるであろうが。
審判(さばき)(にわ)に出たならば、世界は一人の王となるぞ。
御出まし近うなったぞ。
自分良くしてくれと申しているが、それは神を小使いに思うているからぞ。
大きくなれよ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第78帖  →超訳

悪で行けるなら悪でもよいが、
悪は影であるから、悪では続かんから早う善に帰れと申すのぞ。
先祖は肉体人を土台として修業するぞ。
めぐりだけの業をせねばならん。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第79帖  →超訳

心、入れ替え奥山へ参りて、
その場で荷物を持たすようになるから、
ミタマを十分磨いておいて下されよ。
神が力添えるから、
どんな見事な御用でもできるのであるぞ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第80帖  →超訳

慾が深いから先が見えんのじゃ。
悪神よ、今までは思う通りに、始めの仕組み通りにやれたなれど、
もう悪の利かん時節が来たのであるから、
早う善に立ち返って下されよ。
善の神まで()き入れての仕放題、
これで不足はもうあるまいぞや。
いくら信仰しても借銭なくなるまでは苦しまねばならん。
途中でへこたれんように、
生命(いのち)がけで信仰せねば借銭なし難しいぞ。
途中で変わる紫陽花(あじさい)では、御用難しいぞ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第81帖  →超訳

心に凸凹あるから幽界のものに取り()かれて、つまらんことになるのぞ。
つまらんことをひろめて亡びるぞ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第82帖  →超訳

いよいよとなって助けてくれと走り込んでも、
その時では遅いから、間に合わんから、
早う神の心悟れと申してあるのだ。
笑いのない教えにして下さるなよ。
学問や金を頼っているうちは、まだまだ改心できないぞ。
今までの宗教の力でも、法律でも、どうにもならん。
掃除が目の前に来ているぞ。
神の力を頼るより他に(みち)ないこと まだわからんか。
中ほどまで進むとわからんことあるぞ。
神の試練 気つけてくれよ。
どちらの国も見当取れんことになるぞ。
(はら)立つのはめぐりあるからぞ。
善で続くか悪で続くか、
この世に善と悪とがあって、どちらで立って行くか、
末代続くか、得心行くまで致させてあったが、
もう悪では続かんことが、
悪神にもわかって来るのであるから、
今しばらくのゴタゴタであるぞ。
ものの調和がわかれば、正しき霊覚が生まれるぞ。
神の姿が映ってくるぞ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第83帖  →超訳

光る(まこと)(ぎょう)させたら、皆 逃げてしまうから、
ここまで甘くして引っ張って来たなれど、
もう甘くできんから、
これからはキチリキチリと神の規則通りに行うから、
お手柄結構に、(ふんどし)しめて下されよ。
この世は神の国の移しであるのに、
幽界から移りて来たものの自由にさせられて、
今の体裁、この世は幽界同様になっているぞ。
(くに)は九二(クニ)のやり方せねば治まらん。
早う気づいた人民から、救いの舟を出して下されよ。
これと信じたら任せ切れよ。
損もよいぞ。病気もよいぞ。怪我もよいぞ。
それによって めぐり取っていただくのぞ。
めぐりなくなれば日本晴れぞ。
今がその借銭済ましぞ。
世界のめぐり大きいぞ。
真理は霊、芸術は体であるぞ。
正しき芸術から神の(みち)に入るのもよいぞ。
説くのもよいぞ。
芸術の行き詰まりは真理がないからぞ。
芸術は調和。
七つの花が八つに咲くぞ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第84帖  →超訳

神は人民に改心させて、
世の建て替え立て直し致そうと思ったのであるが、
曇りがあまりにひどいから、
何事のびっくりが出るか、
もう神も堪忍(かんにん)袋の緒 切れたぞ。
人間が恨みや怒り持つと、
その持ち物までが争うことになるぞ。
早う気持ちから洗濯して下されよ。
死んでも続くぞ。
結構に始末せねばならん。
上に立つ者余計に働かねばならん時来ているぞ。
いくら古くから信心していると申しても「肝腎」がわかっておらんと何もならん。
よい御用できん。
想念の自由とは神に向上するより上の、
よりよき方に進む自由であるぞ。
どの世界の人民も自由持つ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第85帖  →超訳

裏の仕組みにゝ入れると表の仕組みとなり、
表の仕組みに◯入れると裏の御役となるなり。
ゝ抜けば悪のやり方となるのじゃ。
どの仕組みもわかっておらんと、
三千世界の先々までわかっておらんと、
何事も成就せんぞ。
神界の乱れ、イロからじゃと申してあろう。
男女関係が世の乱れの(もと)であるぞ。
お互いに魂のとりやりであるぞ。
この世ばかりでなく、あの世まで続くのであるから、
くどう気つけておくぞ。
コトはモノになる。
悪いことすれば悪いもの生まれて来て、
生まれ故郷に喰い付いて悪くする。
善いことも同様ぞ。
因縁のあるみたまが集まって来て人のようせん辛棒して、
世界の建て替え立て直しの御用致すのであるから、
浮いた心で参りて来ても御役に立たん。
邪魔ばかりじゃ。
因縁のみたまはどんなに苦しくても心は春じゃ。
心勇まん者は、神示(ふで)読んで馬鹿らしいと思う者は、
遠慮いらんから、さっさと帰って下されよ。
神はもう、()(げん)取りは御免じゃ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第86帖  →超訳

一分一厘、力一杯、違わんこと書かしてあるのじゃ。
(いろ)眼鏡(めがね)で見るから、違ったことに見えるのじゃ。
神示(ふで)、嘘じゃと申すようになるのぞ。
眼鏡はずして、落ち着いて見て、ハラで見て下されよ。
世の先々のことまではっきりと写るぞ。
そなたの心の中にいる(けだもの)(こと)向けねばならん。
善きに導かねばならん。
一生かかってもよいぞ。
それが天国に行く(かぎ)であるぞ。
マコトの改心であるぞ。
智慧と、愛が主の座におらねばならん。
物は愛から生まれるぞ。
ウムものがもとじゃ。
生まれるものはナルのじゃ。
ナルには智慧でなるのじゃぞ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第87帖  →超訳

まことに改心できたと、神が見届けたら、
今度はこの世はもとより、
何の心配もないように守って、肉体、顔まで変えてやるぞ。
宿命と運命は同じでない。
磨けばどんなにでも光るぞ。
放っておいても神に(そむ)く者は自滅して行き、
従う者は弥栄(いやさか)えて行くぞ。
そこに神の(はたらき)、よく悟りて下されよ。
人間の処理方法と神の処理方法と融合せねばならん。
急がねばならず、急いでは谷底に落ちてでき損なうぞ。
ありとあらゆるもの、何でもかんでも天地の御用持っているのぞ。
そのものの勝手な道は許さんぞ。
大き喜びの中に、小さい自分の喜び大きく栄えるぞ。
大きな生命(いのち)の中にこそ小さい自分のマコトの喜びが弥栄(いやさか)えるのであるぞ。
わかったか。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第88帖  →超訳

日本は日本、唐は唐、オロシヤはオロシヤ、メリカキリスはメリカキリスじゃ。
分け(へだ)てするのは神の心でないと申す人民 たくさんあるが、
世界は一平じゃと申して、同じことじゃ、同じ神の子じゃと申しているが、
頭は頭、手は手、足は足と申してあろうが。
同じことであって同じでないぞ。
悪平等は悪平等ぞ。
世界丸(つぶ)れのたくらみぞ。
この道理よく心得なされよ。
すべてのものを先ず感受せよ。
その後に感謝せよ。
感謝すれば弥栄(いやさか)えるぞ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第89帖  →超訳

喜びは神から流れ、愛から流れ出るのであるが、
愛そのもの、善そのものではない。
生命(いのち)であるぞ。
生命(いのち)であるが生命(いのち)の本体ではないぞ。
天地には天地のキ、民族には民族のキあるぞ。
そのキは時代によって変わって来る。
その時のキが、その時のまことの姿であるぞ。
それに合わんものは亡んでしまうぞ。
火の洗礼、水の洗礼、ぶったり、たたいたり、
カ・ミの洗礼なくては銘刀はできん道理じゃ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第90帖   →超訳

世界中がいくら集まって、よき世に致す相談致しても、
肝腎のゝがわからんから、まとまりつかん。
誰一人、悪いわがままの癖持たん人間ないぞ。
その癖を直して行くのが、皮むくことじゃ。
改心じゃ。
弥栄(いやさか)行くことじゃ。
金持つと金の地獄に、理屈持つと理屈の地獄に、
神に捉われると神の地獄に落ちて苦しむぞ。
持たねばならんし、中々じゃなぁ。
先ず求めよ、求めねばならん。
先ず捨てて求めよ。
求めて(ぎょう)ぜよ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第91帖   →超訳

愛の人間は深く、智の人間は広く進むぞ。
(たて)(よこ)であるぞ。
二つが織りなされて、結んで弥栄(いやさか)える仕組み。
(たて)のみでならん。
(よこ)のみでもならん。
この世に生まれてはこの世の御用、
この世の(ぎょう)せねばならん道理。
この世に生まれて、この世の(ぎょう)せねば、
生まれた時より悪くなるぞ。
草木より役に立たん者となるぞ。
草木に変えると申してあろう。
神が変えるのでない。
自分でなり下がるのであるぞ。
わかったか。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第92帖   →超訳

つつましく、正しくして行けば
その国々で一切不足なく暮らして行けるように
何もかも与えてあるに気づかんのか。
天災地変は人間の心のままと申してあろう。
豊作、凶作も心のままぞ。
今のままで行けばどうなるか、誰にもわからんであろうが、
神示(ふで)通りに出て来ること、いまだ疑っているのか。
ひつくとみつくの民あると申してあろう。
ひつくの民は神の光を愛の中に受け、
みつくの民は智の中に受ける。
愛に受けると(ただ)ちに血となり、
智に受けると(ただ)ちに神経と和してしまうのであるぞ。
二つの民の流れ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第93帖   →超訳

そなたが神つかめば、神はそなたを抱くぞ。
神に抱かれたそなたは、平面から立体のそなたになるぞ。
そなたが有限から無限になるぞ。
神人となるのじゃ。
永遠の自分になるのであるぞ。
他のために行ぜよ。
神は無理申さん。
始めは子のためでもよい。
親のためでも良い。
自分以外の者のために、先ず行ぜよ。
奉仕せよ。
(うれ)(うれ)しの光さしそめるぞ。
はじめの世界ひらけるぞ。
一本足では立てん。
二本足が良いぞ。
やがては明ける二三(フミ)の朝、二二(フジ)は晴れたり、日本晴れ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第94帖   →超訳

落ちていた神々様、元へお帰りなさらねば この世は治まらんのであるぞ。
一人一人ではいくら力ありなされても物事成就せんぞ。
それは地獄の悪のやり方。
一人一人は力弱くとも一つに和して下されよ。
二人寄れば何倍か、三人寄れば何十倍もの光出るぞ。
それが天国のまことのやり方、善のやり方、善人、千人力のやり方ぞ。
誰でも死んでから地獄へ行かん。
地獄はないのであるから行けん道理じゃなあ。
曲がって世界を見るから、
大取り違うから曲がった世界つくり出して、自分で苦しむのじゃ。
そこに幽界できるのじゃ。
有ってなき世界、有ってはならん。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第95帖   →超訳

四季はめぐる。
めぐる姿は(うず)であるぞ。
は働き、上れば下り、下れば上る。
この神示(ふで)読んだ今が出船の港、
神の恵みの時 与えられているのじゃ。
明日と申さず実行せよ。
明日は永遠に来ないぞ。
無いものぞ。
今のみあるのじゃ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第96帖   →超訳

ウシトラコンジン様をまず理解せよ。
どんなことでも(かな)えてやるぞ。
理解するには、理解する心、まず生まねばならん。
「我よし」では拝めんコンジンさまぞ。
天地すべてのもの、生きとし生けるものことごとく、
より良くなるように働いているのであるぞ。
それが神の心、稜威(いつ)ぞ。
弥栄(いやさか)と申すものぞ。
その時、その人間のキに相応した神より拝めん。
悪いキで拝めばどんな立派な神前でも悪神が感応するのじゃ。
悪神拝んでも正しき愛と喜びあれば、
善き念が通じるならば、悪神引っ込んで、
それぞれの善き神 現れるのじゃ。
この道理よく心得よ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第97帖   →超訳

生命(いのち)捨ててかからねば、
まことの理解には入れん道理。
()(よく)信心では駄目。
いのち捨てねば生命(いのち)に生きられん道理。
二道二股 多いと申してあろう。
物の文明、()しざまに申す宗教は亡びる。
文明も神の働きから生まれたものじゃ。
悪も神の(おん)(はたら)きと申すもの。
(あく)憎むこと悪じゃ。
(ぜん)憎むよりなお悪い。
なぜにわからんのか。
弥栄(いやさか)ということは歩み一歩ずつ喜び増して行くことぞ。
喜びの裏の苦に(とら)われるから わからんことに苦しむのじゃ。
苦と楽 共に見てよと申してあろう。
偶然の真理、早う悟れよ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第98帖   →超訳

大切なもの一切は、神が人間に与えてあるでないか。
人間はそれを処理するだけで良いのであるぞ。
なぜに生活にあくせくするのじゃ。
悠々、天地と共に天地に歩め。
(うれ)(うれ)しぞ。
一日が千日と申してあろう。
神を知る前と、神を知ってからとのことを申してあるのぞ。
神を知っての一日は、知らぬ千日よりも尊い。
始めは自分本位の祈りでもよいと申してあるなれども、
いつまでも自分本位ではならん。
止まると悪となるぞ。
神の(みち)弥栄(いやさか)ぞ。
動き働いて行かねばならん。
善と悪との動き、心得なされよ。
悪は悪ならず、(あく)(にく)むが悪。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第99帖   →超訳

内にあるもの変えれば外から映るもの、
響いて来るもの変わって来るぞ。
内が外へ、外が内へ響くのじゃ。
妻にまかせききった夫、
夫にまかせきった妻の姿となれよ。
信仰の真の道ひらけるぞ。
一皮(ひとかわ)むけるぞ。
岩戸ひらけるぞ。
不二晴れるぞ。

記:1950年1月3日

 

黄金の巻〜第100帖   →超訳

真理を理解しておれば心配いらん。
失敗も財産ぞ。
真剣で求めると真剣さずかるぞ。
求めるとは祈ること。
よく祈る者はよく与えられる。
日々の祈りは(ぎょう)であるぞ。
百年祈り続けても祈りだけでは何もならん。
それは祈り地獄じゃ。
祈り地獄 多いのう。
肉体人は肉体の(ぎょう)せねばならん。
日々の祈り結構致してくれよ。
次の祈りは(かえり)みることぞ。
いくら祈り(ぎょう)じても自分(かえり)みねば、
千年(ぎょう)じても何もならん道理じゃ。
同じ山に登ったり降りたり、御苦労のこと、
馬鹿の散歩と申すもの。
悔い改めよと申してあろう。
(かえり)みて(ぎょう)じるその祈り弥栄(いやさか)えるぞ。
平面の上でいくら働いても、もがいても、平面行為で有限ぞ。
立体に入らねばならん。
無限に生命(いのち)せねばならん。
立体から複立体、複々立体、立々体と進まねばならん。
一から二に、二から三にと次々に進めねばならん。
進めば進むほど、始めに帰るぞ、ゝに至るぞ。
立体に入るとは(まこと)の理解生活に入ることぞ。
無限に()け入ることぞ。
イワトあけなば二二(ふじ)輝くぞ。
弥栄(いやさか)弥栄(いやさか)

記:1950年1月18日

複立体=6次元、複々立体=9次元、立々体=10次元(ダウジングによる)