神さまからのお願い
- 神さまからのお願い 〜日月神示原理主義者にならないために〜
- 日月神示を読み解くにあたって、神さまからの注意事項をまとめておきます。
- 宗教化するな、日月神示原理主義になるなという注意です。
- 無理をするな 〜自分のレベルを考えろ〜
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・神は無理は言わんぞ、神の道は無理してないぞ、よくこの神示読んでくれよ、
読めば読むほど身魂磨かれるぞ、と申しても仕事をよそにしてはならんぞ。(富士の巻 第13帖)
・戒律する宗教は亡びると申してあろうがな。(扶桑之巻 第2帖)
- 日月神示は「書かれてあることを、今すぐ実行しろ」とは言ってません。まったく逆です。
- できるところから無理をせず、自分のペースで少しずつ。これが基本です。宗教の戒律ではありません。
- たとえば健康常識では毎日10kmのジョギングやウォーキングを推奨してます。でも、普段運動をしてない人は、いきなりそのような運動はできません。体力が続きません。運動する時間を作るのも難しいでしょう。それ以前に体ができていないので、言われた通りにやったら体を壊します。健康に良いはずの運動のはずが、その時のその人にとっては毒です。
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- ですから食事に関しても、
・日本人には肉類禁物じゃぞ。(梅の巻 第14帖)
・四つ足食ってはならん、共食いになるぞ。(碧玉之巻 第8帖)
- とあっても、それですぐ「肉を食べるな」と思うのは早合点。少しずつ食べる肉類を見直して、食の好みを見直していけばいいだけです。
- まずは牛肉や豚肉を減らし、鶏肉や魚介類を食べるように食習慣を見直すのが良いでしょう。
- その前に他の文言から「国産ならOK」と見做して、慣れるまでは輸入肉を減らすという考え方でも良いかと思います。
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- すべては内容を考えつつ、自分にできるところから少しずつ……。
- そういうことを続けているうちに、新しい気づきという形で神さまからの啓示を受けるでしょう。
- ということで管理人ものんびりと読み勧めているため、始めてから2年半経っても、まだすべてに目を通してません。(爆)
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- マジメにも限度がある 〜そのマジメはどこから出てきたのですか? 本当にマジメですか?〜
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・馬鹿正直ならんと申してあろう。(日月の巻 第31帖/雨の巻 第10帖)
- 日月神示で何度も注意しているところです。
- マジメは日本人の美徳ですが、平成日本では最大の汚点です。
- 文句を言われないための、ポーズとしてのマジメ。何考えずに済むので、楽だからやってるマジメ。これが今の多くの日本人です。
- マジメに行動する前に、その意味を考える努力はしてください。
- 神示を実践してみるにあたっても、マジメが改心の妨げになる恐れがあります。
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- これに関しては厚労省年金機構の消えた年金問題が良い例です。あれは仕事がいい加減だから年金が消えたのではありません。大勢の職員がやり方の間違いに気づかず(怠惰なマジメ)、気づいても指摘するとあとが面倒なので気づかなかったフリをして(ポーズのマジメ)、マジメに仕事をしたからです。でなければ手作業で5000万件もの年金が消えるはずがありません。
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- 書かれてることを絶対と思うな 〜見え方は十人十色、魂の磨かれ方次第〜
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・この神示八通りに読めるのじゃ、七通りまでは今の人民でも何とかわかるなれど八通り目は中々ぞ。(海の巻 第15帖)
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- 書かれてることを絶対と思うな 〜見え方は十人十色、魂の磨かれ方次第〜
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・この神示八通りに読めるのじゃ、七通りまでは今の人民でも何とかわかるなれど八通り目は中々ぞ。(海の巻 第15帖)
- 一番の問題です。日月神示に心酔するあまり、書かれていることを絶対視する人が出てきますが、それはしないでください。
- なぜなら最初の巻である「上つ巻」に、
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・言ってやりたいなれど、今言っては仕組み成就せんから、邪魔入るから、身魂掃除すればわかるから、
早く身魂洗濯してくれよ。(上つ巻 第26帖)
- と念を押しています。
- すべてをわかりやすく書いてしまうと、悪魔の妨害が入って目的が達成できないためだそうです。
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- とはいえ、これが悪いかというと、むしろ逆でしょう。
- 神示を読み進めていくと、入ってくる情報からある日、唐突にどこかのフレーズの意味がわかってくることがあります。それが今まで思っていたものと、まったく違う意味と理解することも珍しくありません。
- ゆえに神示をどのように読み取るかは、今、自分の魂がどこまで磨かれたかの指標になりそうです。ただし、それをリアルタイムで計れるのは、自分よりも魂が磨かれている人の目から……でしょうか。とはいえ自分でも、過去を振り返れば「あの時はこのぐらいだった」とわかりそうですが……。
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- ということで、
・学で説くと学の鬼に囚われるぞ、智で説くと智の、理で解くと理の鬼に囚われる、このままに伝えて下されよ。(極め之巻 第11帖)
- ですね。上の文は神示に余計な註釈を加えず、そのまま伝えて欲しいという神さまからのお願いですが、自分が理解する際も同じです。まだ理解の浅い時は知識や常識、無意識に望んでいたキレイ事に囚われて、まったく別の意味に読み取っていたことも珍しくありません。忖度せずに素直に……です。
- ということで、ある時点で読み取った解釈は、その時の魂のレベルにおける解釈にすぎません。そんな内容を絶対視するのは、魂の成長を止めてしまうのではないでしょうか。
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- 間違った試練に酔うんじゃない 〜それ、神の試練じゃないかも〜
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・この道に入って始めの間は、かえって損したり馬鹿見たりするぞ。それはメグリ取っていただいているのぞ。
それがすめば苦しくてもどこかに光見い出すぞ。(黄金の巻 第48帖)
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- 間違った試練に酔うんじゃない 〜それ、神の試練じゃないかも〜
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・この道に入って始めの間は、かえって損したり馬鹿見たりするぞ。それはメグリ取っていただいているのぞ。
それがすめば苦しくてもどこかに光見い出すぞ。(黄金の巻 第48帖)
・この道に入ると損をしたり、病気になったり、怪我をしたりすることがよくあるなれど、
それは大難を小難にし、
またメグリが一時に出て来て、その借銭済ましをさせられているのじゃ。(月光の巻 第44帖)
- 日月神示を読み始めて一部でも実践を始めると、まるで運気が落ちたように良くないことに苦しまされるようです。
- 実際、管理人自身も日月神示を知って読み始めた頃を振り返ると、初めのうちは仕事の調子が戻って気持ちよく執筆してたのに、1年後には執筆速度が半分以下、2年後には体調の悪さも手伝って3分の1に下がるほど調子を落としてます。
- とはいえ、これについては上の「黄金の巻」の前に、
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・神の御用と申してまだまだ自分の目的立てる用意しているぞ。自分に自分がだまされんように致してくれよ。(黄金の巻 第48帖)
- と釘を差してます。
- たまたま不幸が重なっただけで、メグリと関係があるかどうかはわかりません。
- あくまで道を正しく実践していれば一時的に運気が落ちると語っているだけで、本当に正しく実践できてるかどうかとは別です。もしかしたら間違った我流を始めたために、前以上に状況を悪化──メグリを拡大してる可能性もあります。
- これを日月神示原理主義に陥った人たちは、これを神の試練だと酔って、自分で自分をだまして間違った道へハマっていくそうです。
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- ということで、読み始めた頃にあった不幸を神の試練とは、安易に思い込まないように……だそうです。
- ちなみに管理人は2018年10月26日にこの一文を意識して、追記しました。私の場合はどっち……なのだろう?
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